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  • 03/29/17:46

11.21.07:10

恋が禁忌とされる訳

神話生誕 記述16のどこかの幕間
知らない方が良い話
(記述18までのネタバレを含みます)








恋が禁忌とされる訳


 孤独な王の話し相手……などと云えば聞こえはいいが、その実態が言葉通りの小綺麗なものであるはずがないことなど百も承知だった。
 突如現れた奇妙な王女の噂は一晩とかからぬうちに城中に知れ渡り、それを耳に知った誰もが「玩具」という二文字を脳裏に浮かべたことだろう。表を歩く度に突き刺さる貴族や使用人たちの視線。そこに込められた侮蔑と劣情を感じ取れないほど鈍感ではいられない。
 年老いた狂王を政治に利用するための機嫌とりとして国に拘束された憐れな女。母譲りの氷色の髪を見た誰もが王族であることを認めてくれたが、その後に受ける扱いは隷属と変わりなかった。
「あの様な気狂いの相手をするのも難儀でございましょう? 満たされない夜が続くことに耐えきれないようでしたらば、是非ともこの私にお声かけください、白雪の王女様」
 すれ違いざまに厭らしく触れる男達の魔手にエスコートされながら囁かれる言葉の陵辱。
「その様子では懐妊はまだなのでしょう? 腐乱しかけた種無し老爺より先に私が王女様の美しい胎を孕ませてさしあげましょうか?」
 気を抜けばすぐに股の間に伸びる男達の手を寸での所で掴み取り、必死に拒絶の言葉を返す。男達は「貞淑なお方だ」と口を揃えて感心するが、俺が男であることを隠しているだけだということには一向に気付く気配を見せなかった。
 その度に、胸の奥に痛みを感じた。
 俺に卑猥な目を向ける周囲の視線が、男であると判明した瞬間にどんな色へ変わるのか。刺激目当てに俺に触れようとする彼らの言動を良く思えない一方で、俺は彼らを騙す背徳を抱える羽目になった。騙しているんだ。男であると言いふらされた途端、きっと俺はこの城を追い出される。この城にいたいがためだけに。
 ずっと恋焦がれた見知らぬ故郷、アルレスキュリアの王朝。この冷たく広大な世界の中で、俺を必要としてくれる唯一の場所。この身を絞め殺さんとばかりに求め絡まる束縛の鎖。そのしがらみに身を預けた時、俺の人生は幕を閉じるのだと気付いていながら、憧れずにはいられなかった。
 誰かに求められて死ぬことが出来たなら、きっとこの内に空いた途方もない孤独の穴も慰められるのであろう、と。
 そんな場所に見放されてしまえば、死に場所を失くした俺の人生はどうなるのだろう。大好きな人がいつまでも傍にいてくれる自信も持てない、俺のような出来損ないの最期はどうなるのだろう。
 ソウド・ゼウセウト。
 幼い俺にフォルクスと名乗り、生きる道を示してくれた恩人。それでいて何も告げず俺の前からいなくなった憧れの人。彼と過ごしたほんの短い一時が俺にどれだけの救いを齎したことだろう。神にも等しい母に先立たれ、生きる術も、帰る場所も、生まれてきた意味すらも失ってしまい途方に暮れた俺に、ただ、生きろと……生きていても良いのだと涙を流してまで教えてくれた、大切な人。
 一度は永久の別れを悟った彼と再び会えた時、俺は「傍にいたい」という欲望を必死で伝え、受け入れられた。その軽はずみな行いの果てに何が待っているか、仄かに予感していた筈なのに。

 恋を禁忌とした訳を忘れたつもりも無いくせに。

「いつまで扉の前に立っている」
 茫然と部屋の奥を見つめたまま立ち尽くしていた俺に向けてただ一つの声がかかる。
「こちらへ来なさい、エルベラーゼ」
 イデアールの低い声が母の名を呼ぶ。俺はその言葉の通りに従って、王の眼前へ静々と歩み寄る。
「御機嫌よう、お兄様。今宵も貴方の元で濡れ羽根を休めようと欲する私の勝手をお許し下さい」
「お前の好きにするがいい、私の愛しいエルベラーゼ」
 黄ばんだ白熱灯の弱い光に照らされているだけの薄暗がりな室内。床には破壊されたガラクタが散らばり、空気には薬品の異臭が不気味に漂う。耳を澄ませてやっと拾える音は鼓動によく似た機械音だけ。何もかもが崩れて歪んだこの閉鎖空間の中にイデアールは違和感なく溶け込んでいる。では俺はどうだろう。まだ居心地の悪さを感じているだろうか。
 寝具に腰掛ける彼の足下に座り込み、その顔を静かに見上げる。冷たい瞳。血の通わない青い肌は亡霊のよう。狂気に蝕まれ色までも失った白髪頭。目の下の隈は日に日に薄れていると誰かに教えられた。だとすれば俺の行いは、少なくとも無駄に終わることを逃れたのだろう。
 王女の顔を撫でようと伸びた指先が硬い仮面に触れた。その手をそっと捕まえて彼に返し、すぐに仮面と目隠し布を取り替えた。目の前が真っ暗になる。
 再び伸びた彼の指が俺の頬を撫で、顎を掴み、上を向かせる。その下に続く首を片手で軽く掴まれ、所有の証を伝えられる。僅かに喉仏が隆起していることには気付かない。いや、気付かないようにしてくれている。俺がエルベラーゼでないことくらい、イデアールは初めから知っている。知っていながら行動を自ら定められないからこそ、彼は狂っているのだ。滑稽なほどお似合いではないか。
「満たされない顔をしているな」
 婚約者の首を掴んだまま彼は問いかける。
「何を求めているか言ってみろ。私はお前の良き夫になるために生まれてきた男だ。お前の望みを聞く義務がある」
「慈悲を感謝します。ですが、私に望みなど……」
「いや、確かにあるだろう。私には解る。なにせ、同じモノを愛した同志ではないか」
 不意に首を絞める力が強くなる。鋼を通した硬い指が骨まで握り潰さんとばかりに容赦なく肉を締め付ける。
 苦しい。けれどそれ以上に、イデアールの発した言葉の意味に心を掻き乱されていた。
「そうだ。今宵は貴様に用がある、エッジ・シルヴァ」
 そう言ってイデアールは俺の顔から目隠しを外し、閉じていた瞼を指でもって抉じ開ける。その中にあるのは父譲りの恐ろしい瞳だけのはずなのに、その瞳に映ったイデアールの顔には笑みが浮かんでいた。
「そう怯えることは無い。確かに私は今すぐその忌々しい眼球を抉り取りぐちゃぐちゃに踏み潰してやりたい気持ちでいるが、それをしたらさすがに嫌われてしまうからな。忘れられるのは良くても、嫌われるのは嫌だ。そうだろう?」
「…………ほん、と……に?」
「いや、嘘だな。やはり解るか。ならば貴様も立派な狂人だ」
 言葉の後に首から手を放され、浮いていた体がぐらりと床に崩れ落ちる。絨毯の上に散らばるガラス片が肌とドレスを切り裂いた。
 じわりとした痛みを残す首を両手で抑えながらみっともなく堰をして嗚咽を洩らした。
「今宵の私は調子が良い。それもこれも神の子たる貴様が私の健在を願ったが故、実に勝手、実に不愉快。ならばこそ私は貴様に抱腹をする。いいか、よく聞け。朝が来るまでならば何度でも話してやる」
 イデアールはどこか楽しげにニヤニヤ嗤う。何をするのか身構えていたら、ふと立ち上がり、俺の体を軽々と掴みあげて寝具の上に押し付ける。両手首を頭上で一つにまとめられ、股の間に自らの脚を挟んで動けないように拘束する。そのまま吐息が交わるほど近くから瞳の中を覗かれる。逆光で顔が見えない。何を考えているのか、何を言い出すのかわからない。
「エッジ・シルヴァ。貴様は己が何故こんな劣悪な場所に私のような男と閉じ込められているかわかるか?」
 首を振る。何を言いたいのかわからない。
「貴様の父、レトロ・シルヴァなどという人の皮を被った悪魔が、欲望の赴くがままにこの国から王女を奪い、自らのためだけの女に作り替えたからだ」
 否定できない真実だった。
「では何故、悪魔であり支配者である所の邪神が死んだのか……わかるか? いや、知っているか?」
「…………」
「わからないだろう? 知らないだろう? それはそうだ。気付いていたならお前がこんな所にいるはずかない。何処か誰の目にも触れない淋しい場所で首を吊って死ぬはずだ」
「しぬ……?」
「ああ……そうとも。死ぬ程辛かろう。だから死にたがりな貴様に教えてやるのだ」

 レトロ・シルヴァを殺したのはソウド・ゼウセウトだ。

「…………………………ぇ?」
「何度でも教えよう。貴様の一生から愛する母と平穏とを奪い、永きにわたり不要な不幸を強いられる羽目になった全ての原因を作った男の名を、ソウド・ゼウセウトと云う」
 ソウド?
 ソウド? なぜ、この男の口からソウドの名が?
 あ、そういえば、旧知の中だと……いや、ソウドはそんなことを言っていたか? ……ソウド? なぜ?
「俺を、騙そうとしているのか?」
「こんな下手な嘘を信じる輩など貴様くらいしかいないだろうな」
「わけがわからない……ソウドはそんなこと一度も口にしなかった」
「貴様を欺いていたとするならばわざわざ教えることも無いだろう。そのつもりが無かったとすると、例えば、単純に、忘れているだけなのかもなあ?」
「わす……れ……」
「アレは律儀であるが顔に似合わず小心だ。覚えていながら尚も貴様の側にいようなどとは思わないだろう。すぐ逃げ出すに決まっている。ただ一人二人の不幸を作り上げた自身への罪悪に耐えきれず、逃げ出すのだ」
 何処かで見てきたような説得力を帯びた語調で、イデアールは真実らしき何かを語る。執拗に、執拗に、俺の心をまさぐるかのごとく。
「いい顔をする。その様子ならば察しはついているのだろう。そうだな……ソウドは心優しい善人だ。生真面目で、誠実で、高潔で……だからこそ、エッジ・シルヴァの存在は彼を苦しめる。生きている限り、永遠に。貴様が死ぬまで、未来永劫ソウドの心に安寧は訪れない」
 呼吸が止まり、全身の筋肉が強張り、眩暈がするほど血の気が引いていくのを感じた。
 そして腑に落ちてしまった。
 俺に生きろと告げた彼が、何故俺の前から姿を消したのか。その彼が何故俺を覚えていなかったのか。
「ソウドが脳に原因不明の障害を持っていることは知っているな? あれは身体の異常などから至るものではない。神殺しの呪いだ。ソウドは自らがこの世で最も重大な柱である『神』を殺したことを覚えていない。長い時の中で過去を求めることも辞め、それでやっと腰を落ち着けることができた。最近はどうも違うらしいがな?」
 俺と出会ってからしばらくずっと、ソウドは一度も記憶障害を発症させていない。相変わらず過去なんてわからないままだったが、忘れないでいる程に、喪うこと、喪ったことを悔やむ気持ちは日に日に強くなっていた。変わりたいと強く願い、その願いのために俺を求めてくれていた。
「ここまで教えてやったのだ。貴様の愚鈍な脳でも何をすればいいか、わかるだろう?」
「…………はい」
 願いを、叶える。彼の旅路に終着点を与える。
 悲しませないように。救われるように。未来を閉ざさないように。
 導く、なんて言葉は烏滸がましすぎるけれども、その行いは……俺にしかできない。そう、俺が本当に神の子だというのなら、それくらいはできるはず。
 明日もきっと俺の傍にいてくれる彼のため。

「神……願い…………いの、り……
 そうだ……神に祈ろう。
 ソウドが解放されますように、と……」




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