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・・基本有言不実行・戯言駄文録・・・
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  • 04/27/12:38

11.29.00:55

初恋色の愛国心


とある辺境貴族の思い出話
神話生誕記述14くらいまでのネタバレを含みます
 
 




 
 
 
初恋色の愛国心

 一人で何でもできると思っていた。あんな父親に頼らなくとも、あんな母親の言うことを聞かずとも、私は私の育て上げた強く立派な意志の力があれば全てを成し遂げられると思っていた。
 私はあの日、習い事の時間に教育係の目を盗んで家から抜け出した。どこか行きたい場所があったわけでも、やりたいことがあったわけでも無い。気に入らない大人たちへの反抗心、ただそれだけの理由で行ったことだった。だが、どんなに虚栄に満ちた万能感で己の心を奮い立たせても、幼稚故の未熟さと持って生まれた小心さだけはどうにもならなくて……結局、家を出てそう遠くない路地裏に身を潜め縮こまり、後悔するだけの冒険に終わってしまった。「どうしてこんなことをしたんだろう」と、そんな情けない不安が私の歩みを早々に止めてしまったのだ。
「母上に叱られるんだろうな……」
 外はもう夕暮れで、暗く濁り始めた群青色の空の果てから、ホロホロと粉雪が降り始めた。泣き出しそうな気持ちが白い息となって口から吐き出され、誰の耳にも届かず冷たい空気の中に溶けていった。
 そこに、あの方が現れた。
「こんな所で何をしているんだ?」
 ハッとして俯いていた顔を上げると、路地裏の入口にいつの間にか誰かが立っていた。暖かそうなローブに身を包んだその人は、女とも男とも言いきれない不思議な外見をした大人で、何より目を見張ったのはその人の美しい髪色だった。それはまるでおとぎ話に登場するお姫様のような、美しい、美しい、人だった。
「もうすぐ日が落ちきる。こんな人気の無い場所に子供が一人でいたら危ないだろう? それに、そんな薄着では体を壊してしまうぞ?」
 その人はサクサクと白雪を踏みしめながら歩み寄り、背負っていた革袋の中から大きな布を取り出すと私の体に不格好に巻き付けた。巻きつけられた布からはふわふわとした暖かい温度が感じられた。その温もりは布の品質だけに至るものでは無かっただろうが、その時の私はよくわかっていなかったものだから、こんなに暖かい毛布は初めてだと感嘆するだけだった。
「あの…………私は、子供ではありません。もう十三にもなるんですよ」
 感謝より先に零れた言葉を聞いて、その人は目を細めながらほほ笑んだ。
「十三歳が大人とされるとは知らなかった。すまないな、次からは気を付けよう」
「……大人、ですか……」
「大人は嫌か?」
「いいえ。わがままを言える要素ではありません」
 そう言ってまた目線を下に逃がして俯こうとしていると、その人は突然手袋を外した手で私の頭をなでて来た。
「な、何するんですか!?」
「ふふっ、可愛いなと思って」
「えと……子供扱いしないでくださいっ! それに、その……何なんですか貴方は! 私をどうするつもりなんですか!」
「どうすると言われても、特に何もな。そうだ、せっかくこんな所で会えたんだから、少しだけ話をしないか」
「はなし?」
 その人は私のすぐ横に座り込み、こちらの了承も待たずに話し始めた。
 
「少年。お前はここが好きか?」
「ここ、って……ハイマートのこと?」
「そうだな。ハイマートのことだ」
「好きも嫌いもありませんよ。私はこの街から一歩も出たことが無いんです」
「それなら外に出たいとは思うか?」
「……いいえ」
「一緒だな」
 路地の間から見える真っ黒な空を見上げながら、溜息を吐くことに似た会話をする。
「ここは年中雪ばかり降る。寒いし、歩きにくいし、吐息と一緒に言葉までも凍り付いてしまうような、冷たい所だ。けれどここに生れ落ちてしまった子達には、それ以外の景色が解らない。自分の目指しているもの、欲しかったもの、その見つけ方すら知らないまま大きくなっていく。
 俺は……優しい大人になりたかった。それ以外に何もやりたいことがなかったんだ」
 手渡された布の端をぎゅっと握りしめて言う。
「貴方は優しい人ですよ」
「ありがとう。お前はいい子だな……そうだ、名前でも聞いておこうか?」
「名前? 私は、テディ……テディですよ」
「随分と可愛らしい名前だな」
「また子供扱いをしましたね。貴方の名前はなんというのですか?」
「俺はエッジだ」
「男の人?」
「あぁ。見えないか?」
「ぜんぜん」
 眼は大きく綺麗だし、肌は白雪にも負けず劣らず真っ白だし、背もそれほど高くなく、着込んでいるから分かりづらいけれどきっと体格も良くはない。何より柔らかな蒼銀色の長い髪が女性にしか見えなかった。
「綺麗な髪をしていますので、てっきり女性の方なのかと思っていました」
「髪か……確かにコレは女性らしく見えてしまうな。この際切ってしまおうか」
「やめてください! そんなに綺麗なのに、お姫様みたいに綺麗なのに勿体ない!!」
 声を上げて反対しようと隣に座るその人の方を急いで振り向くと、きょとんとした様子で不思議そうにこちらを見つめる瞳と目が合った。「お姫様?」と問い返されてしまい、途端に恥ずかしくなってきてしまった。
「お、お姫様ですよ! ほら、昔話に出てくる建国の乙女! 有名でしょ!?」
「確かに知っているが、俺は……青い瞳なんて持っていないのだから相応しくないと思うのだが」
「そんなことはありません! あなたの髪は氷を紡いだように綺麗な銀色をしていますし、それに、貴方の、エッジさんの瞳は十分に美しいのですから、きっと……その……」
 顔から火が出そうだ。そんな私の様子を見て、エッジはまた笑ってくれた。
「ありがとう。容姿を褒められて嬉しくなったのは久しぶりだ。だが、建国の乙女か……テディはあの物語が好きなんだな」
「……はい、好きです」
 建国の乙女。あるいは救国の聖女。それはこの地を滅びの常闇から救い上げ導いた、夜空に浮かぶ月のように美しく尊く、そして儚いひと時の夢。乙女は乙女でいられる短い間だけ国中の人々に恵みを与え、時と共に溶けるように消えていった。まるで春になれば溶けて消える氷雪のような人だった。この世の何処にも無かったはずの蒼天と同じ色をした瞳は滅びの運命に打ちひしがれた全ての民の希望となった。
 そう、彼女ならばこの国を変えてくれる。
 実りの無い政権争いや、つまらない陰口、謀略、裏切りばかりの大人たちが支配しているこの国を変えて欲しかった。そうすればきっと、この心の奥でずっと膨らみ続けている不安も無くなるはずなのだ。
 そうだ、私は、大人になりたくなかったんだ。父のように、母のように、教育係のように、召使いのように。社交界になんて出たくないし、会話なんてしたくないし、こんなに弱っちい自分が今のままでいられるわけがないんだって、怖がっていた。だから逃げ出したんだ。
 そう気付いてしまった時、ふと瞳からポロポロと涙がこぼれてきた。その涙をエッジは細く冷たい指でぬぐってくれた。何も言わず微笑み続ける姿に呆けて見とれ、それでも涙はポロポロ流れて止むことは無かった。
「悔しいです。私は誰かに頼ってばかり、怯えてばかり。怖いのに嫌なのに、逃げ出すこともできません。私は弱いです。どんなにこの場所が嫌いでも、変えたくても、そんな力はありません。きっとこの、雪ばっかり降るつまらない牢獄の街に埋もれて、汚れて、誰かを苦しめながら生きることになるんです。だって、逃げ出せないなら信じるしかないじゃないですか! 嫌いになるより好きになった方がいいじゃないですか! きっと何も変えることなんて……私には……」
 ずっと胸の内に抱えた思いを見ず知らずの優しい誰かにぶちまけた。情けない、格好悪い、恥ずかしい。馬鹿にされるんじゃないかとか、そんなことを思いながら、心がからっぽになっていくように透き通った心地よさを感じた。
「テディはこの国を愛しているのだな」
「愛している? 私が?」
 エッジの言った言葉が、からっぽになった心の中にスッと納まった気がした。
「国を救う物語が好きならば、お前は国を救うことが好きなのだろう。美しい人が好きならば、お前もまた美しい人になることを目指すだろう。
 お前は先ほど自分のことを弱いと言ったが、そんなことは無いと思う。どんなに今が無力でも、変わりたいと願う強い意志があればいくらでも強くなれる。理想を高く持て。この世には願いを叶える方法など幾らでもあるし、テディはもうその方法の一つを持っている。強くなくとも、立派ではあるのだから。誇らしく思えばいい」
 願い。理想。誇り。それは無力でつまらないもののはずだった。エッジはまるでそれらを美しく崇高なものであるように語る。
 そう。それを語るその人がこんなにも美しいのならば、この言葉が美しいことにも納得できる。
 根拠も何もないくせに、途方もなく純粋で、綺麗で、美しくて。だからこそまるでおとぎ話のような話で。そんな夢幻のような戯れ事をまるで真実のように語る人がいるのなら、信じてみてもいいかなと思ってみたくなってしまった。
「誇り、とか……わかりませんよ。そんなすごいものは持ってません。でも、私でもなれるんでしょうか……できるんでしょうか……」
「なれるだろう。そしたらテディは英雄だな」
「英雄!? や、やめてくださいそんな大袈裟な!!」
「先に俺のことをお姫様だなどと表現したのはそちらの方だぞ?」
「子供の言うことをイチイチ真に受けないでください!!」
「十三歳は大人じゃないのか?」
「その話だってもう終わりましたから! もういいんです、私は子供で! エッジさんが言った通りに私が立派であったとするならば、私は……子供のまま大きくなってみせます!!」
 抱えていた膝を放し、飛ぶように立ち上がってエッジの前で胸を張る。顔はまだ涙と雪でぐちゃぐちゃなのに、気丈に振舞ってみせた。だって、エッジに認めてもらいたかった。
「あぁ。がんばるんだ、テディ」
 エッジは綺麗な人だった。
 そしてその日以降、私が彼と再び会うことは無かった。
 大人になって、部下を持って、出世して、この手を汚して……なりたい自分になれない自分が歯がゆくて、それでもいつかこの国を幼い私の憧れた国に出来るよう。
 私は救国の聖女になりたかった。白銀の髪も、蒼天の瞳も持っていないけれど、それでもあの日であった美しい人が私を救い導く聖女になってくれたのならば……きっといつか、私でもこの国を……
 
 
 
 
 
「この方は六十年以上前にこの城を捨てたエルベラーゼ・アルレスキュリア王女の実子、あるいはその親族。解りますね、テディ・ラングヴァイレ。我々はなんとしても、このお方の全てを手に入れなくてはいけない。命も、体も、過去も未来も、全て」
 
 
 
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