01.09.12:24
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03.02.04:57
春風監禁
何も見てはいけない 何も聞いてはいけない 何一つ知ってはいけない
あなたに降り注ぐ罵倒を、嘲笑を、愛情を、希望を 何もかも知らぬまま、何もかも感じぬまま
ただ一つの静かなぬくもりの中で もう二度と傷つくことの無いように
愛する者に触れることすらできない臆病者の愛情は、貴方を縛り付け、この小さな一室に閉じ込めた
柔羽の寝具に横たわり、純白のシルクで包み込んで 傷一つつかぬよう、そのかすかな麓に綿花をしく
水晶の鎖が自由を縛り、装飾された金の首輪と揃いの手枷が決意を奪う
薄布でやさしく閉ざされた両の瞳 ひっそりと閉ざされた無音の世界
春色の微睡が貴方を包み込む
そう、この世界には何もない 貴方は何も欲さなくていい 貴方は何もしなくていい
貴方はただ繰り返せばよいのだ
朝の日差し、草原の風、野花の芳香、春のぬくもり 淡色の世界はいつも貴方を優しく包み込む
貴方はその身全てで世界の恵みを授かり、深き親愛を受け止めていればいい
決して見聞きしてはならない 思い出してはいけない 貴方の愛する世界が醜い牙を剝くことを
気付いてはならない 貴方の傍にじっと一つの鬼が寄り添っていることに
血と涙で濁った床を見れば、きっと優しい貴方は心を痛めてしまう
貴方のすべてを奪い取ったこの鬼は、貴方の傍らで、昼夜懺悔の言葉を繰り返す
「幸福にしてあげたい」
たった一つの些細な願いすら叶えられない弱虫が、どうしてこんな、馬鹿な救いを求めてしまったのだろうか
貴方を抱きしめる勇気もないのに
貴方を愛する権利もないのに
貴方に応える決意もないのに
本当なら いますぐにでも その無垢な唇に噛みつきたい
柔らかい髪をかき上げて、優しく撫で上げて 「好きだ」と一言貴方に告げたい
出来ないことだと解っている 何度も何度も繰り返す 葛藤は何度でも、何度でも訪れる
「貴方を私だけのものにしたい」
誰にも触れさせない 傷つけさせない 貴方は私だけを見ていればいい 私と貴方の世界でなら、きっと貴方は幸福になれる
けれど
私は
臆病者だ
「そこにいるのだろう?」
貴方は瞳を閉じたまま、か細く、静かに囁いた
「手を握ってくれないか」
まるで死人のように かすかに唇が揺れるだけ
とくとくと聞こえる小さな心音 貴方のものか 私のものか
私はそっと手を伸ばす
冷たく乾いた手の平に、熱く湿ったそれを重ねる 冷えた風が、温かい炎は、体の奥までそっと染み渡っていく
「――ありがとう」
貴方は唇を綻ばせ、優しく微笑んだ そのまま何も告げず 私はそっと、冷たく慈悲深い神の手を握り続けた
白い手首に朱色の痕が沈み込む 手首の黄金に嵌められた、空色の宝石がさらりと一度だけ閃いた
そっと握りしめた手の平は、徐々に力をゆるめていき ついには宙に浮くかのように、私の両手の上で眠りについた
責めるでもなく 羨むでもなく まるで自らの不幸に気付かぬように
嗚呼、それでも貴方は私達を愛してくれる
ただただ恋しむのだ 深き愛情を 恵みを与えてくれる、貴方の愛する美しい世界を
どれだけ世界が薄汚れていようとも 醜く腐りきっていようとも 貴方はそれを美しいと慈しむのだ
愛が欲しいから 愛が欲しいから
冷たい拘束具に囲まれて 何もない虚無の時空に浮かびながら 希望も、絶望も、決意も、幸福も 全て全て奪われてなお
愛が欲しいから 愛が欲しいから
「貴方の傍にいさせてください」
応えることなど出来ないけれど 愛すること等出来ないけれど
せめて
この薄汚い手の平で、臆病者の卑しいぬくもりで、貴方の愛(孤独)が癒せるのなら
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