01.08.15:06
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09.16.02:23
彼と過ごした最期の話
「クローネス!!」
私を呼ぶ、エルグの叫び声が聞こえた。いつになく必死そうな声で、それでも私は一歩も動けなかった。
真っ黒な竜の化け物が私を睨み付けていた。
足がすくみ、体が震え、意識が止まる。じわりと揺れる視界に竜の青黒い爪が伸びてきた。
(殺される)
そう思い込むことしか出来なかった。目を閉じて。そしたら……
ぐじょっ、ばぎぎっ……ぶちゃ
暗闇の中、何か生臭いものが顔にかかった。ぬるい液体、異臭。酸の混ざった、血の臭い。
目を開くと、
化け物と、
私の間には、
首と胸と腹と右脚に深々と化け物の爪を埋めた、エルグが立っていた。
セフィリアの絶叫が頭に響いた。
即死だった。化け物の爪はエルグの急所をことごとく射抜いていていて、心臓すら跡形もなく潰されていた。
何が起こったかわからなかった。唖然として、茫然として、腰の力ががくりと抜けて、その場にへたれこんだ。
それからのことはほとんど覚えていない。
ライディが別人みたいに怒り出して、気付いたら化け物も、それを連れてきた女の人もいなくなっていた。
セライディムが必死に魔法をかけていた。傷はあっという間にふさがったけれど、エルグは目覚めてくれなかった。
それからアングルさんの家に戻って、エルグをベッドに寝かせた。
アングルさんが、ひどい格好をしているから体を洗ってこいと言った。いうことをきいて、一人で井戸に向かった。ランプで照らされた井戸水に、自分の顔が写っていた。ひどい顔をしていた。無心で体を洗い、血塗れの服をこすった。どれだけ洗っても、臭いはおちてくれなかった。組んだ水は赤く染まっていた。その中に浮かぶ自分の顔に、私は胃液を吐き出した。
コイツのせいだ。
あれから何日もたってしまった。エルグはやっぱり目覚めない。
セライディムは付きっきりで看病していて、セフィリアは部屋から出てこない。とても入っていける様子じゃないから、私はリビングで寝ることにしていた。ごはんくらいはちゃんと食べろと怒られたから、吐かずに食べれるようになった。頭にはいつだってあの光景が沸いて出た。
起きている間はずっとリビングに座っていて、何もしていない。同じ部屋にはライディがずっといたけれど、一言も会話をしなかった。時々レノンが声をかけてきて、気分転換にと、何度か散歩に出た。
レノンはエルグとはほとんど交流がなかったから、それほど辛そうには見えなかった。いつもより少し苦しそうな笑い方で、私を励まそうと冗談もいってくれた。
昨日、もうこんな毎日は嫌だとレノンに言ってしまった。レノンは「あたしも嫌だよ」と言って、抱き締めてくれた。嬉しかった。
少しだけ気分が楽になって、散歩から帰ると、ライディに睨まれたような気がした。怖かった。そのことをレノンに話すと、「あいつはもともとそういう奴だろ」と当然のように言われた。私はあんな顔を見たことがなかった。
魔族との決別に悩んでいたアングルさんが、ついに神族に手を貸すことを決断してくれた。これでやっと八神の封印を解くことができる。お母様に会える。私たちはアモスさんの飛行機で中央神殿に向かった。
私たちはそこで、少しだけ儀式を手伝って、神子としての使命を果たした。各地の神殿に封じられていた八神が目覚め、私はプーラさんとエーデさんと一緒に、お母様に会いにいった。
お母様にあった途端、私は今までにあった、色々なことを吐き出した。お母様はずっと私の言葉をきいていてくれた。とても気持ちがよかった。
エルグは水の神殿で治療を受けていた。神族の体にはいくらでも代わりがある。治癒できないなら一から作り直せばいい。替えなんてここにはいくらでも。だけど、エルグはそれではダメだった。
内面的な損傷。あの化け物はまがいなりにも竜であった。魂そのものを、存在そのものを喰らい尽くす、恐ろしい化け物だった。エルグはそれにやられた。私の身代わりになって。
目覚めたばかりの水神ライフ様は、氷の神子の危機にいち早くかけつけてくださった。
「私がなんとかする」
ライフ様はそう言って病室にこもり、じっとエルグの中にわずかに残った魂と向き合った。
そしてあの人は目を覚ました。
私を呼ぶ、エルグの叫び声が聞こえた。いつになく必死そうな声で、それでも私は一歩も動けなかった。
真っ黒な竜の化け物が私を睨み付けていた。
足がすくみ、体が震え、意識が止まる。じわりと揺れる視界に竜の青黒い爪が伸びてきた。
(殺される)
そう思い込むことしか出来なかった。目を閉じて。そしたら……
ぐじょっ、ばぎぎっ……ぶちゃ
暗闇の中、何か生臭いものが顔にかかった。ぬるい液体、異臭。酸の混ざった、血の臭い。
目を開くと、
化け物と、
私の間には、
首と胸と腹と右脚に深々と化け物の爪を埋めた、エルグが立っていた。
セフィリアの絶叫が頭に響いた。
即死だった。化け物の爪はエルグの急所をことごとく射抜いていていて、心臓すら跡形もなく潰されていた。
何が起こったかわからなかった。唖然として、茫然として、腰の力ががくりと抜けて、その場にへたれこんだ。
それからのことはほとんど覚えていない。
ライディが別人みたいに怒り出して、気付いたら化け物も、それを連れてきた女の人もいなくなっていた。
セライディムが必死に魔法をかけていた。傷はあっという間にふさがったけれど、エルグは目覚めてくれなかった。
それからアングルさんの家に戻って、エルグをベッドに寝かせた。
アングルさんが、ひどい格好をしているから体を洗ってこいと言った。いうことをきいて、一人で井戸に向かった。ランプで照らされた井戸水に、自分の顔が写っていた。ひどい顔をしていた。無心で体を洗い、血塗れの服をこすった。どれだけ洗っても、臭いはおちてくれなかった。組んだ水は赤く染まっていた。その中に浮かぶ自分の顔に、私は胃液を吐き出した。
コイツのせいだ。
あれから何日もたってしまった。エルグはやっぱり目覚めない。
セライディムは付きっきりで看病していて、セフィリアは部屋から出てこない。とても入っていける様子じゃないから、私はリビングで寝ることにしていた。ごはんくらいはちゃんと食べろと怒られたから、吐かずに食べれるようになった。頭にはいつだってあの光景が沸いて出た。
起きている間はずっとリビングに座っていて、何もしていない。同じ部屋にはライディがずっといたけれど、一言も会話をしなかった。時々レノンが声をかけてきて、気分転換にと、何度か散歩に出た。
レノンはエルグとはほとんど交流がなかったから、それほど辛そうには見えなかった。いつもより少し苦しそうな笑い方で、私を励まそうと冗談もいってくれた。
昨日、もうこんな毎日は嫌だとレノンに言ってしまった。レノンは「あたしも嫌だよ」と言って、抱き締めてくれた。嬉しかった。
少しだけ気分が楽になって、散歩から帰ると、ライディに睨まれたような気がした。怖かった。そのことをレノンに話すと、「あいつはもともとそういう奴だろ」と当然のように言われた。私はあんな顔を見たことがなかった。
魔族との決別に悩んでいたアングルさんが、ついに神族に手を貸すことを決断してくれた。これでやっと八神の封印を解くことができる。お母様に会える。私たちはアモスさんの飛行機で中央神殿に向かった。
私たちはそこで、少しだけ儀式を手伝って、神子としての使命を果たした。各地の神殿に封じられていた八神が目覚め、私はプーラさんとエーデさんと一緒に、お母様に会いにいった。
お母様にあった途端、私は今までにあった、色々なことを吐き出した。お母様はずっと私の言葉をきいていてくれた。とても気持ちがよかった。
エルグは水の神殿で治療を受けていた。神族の体にはいくらでも代わりがある。治癒できないなら一から作り直せばいい。替えなんてここにはいくらでも。だけど、エルグはそれではダメだった。
内面的な損傷。あの化け物はまがいなりにも竜であった。魂そのものを、存在そのものを喰らい尽くす、恐ろしい化け物だった。エルグはそれにやられた。私の身代わりになって。
目覚めたばかりの水神ライフ様は、氷の神子の危機にいち早くかけつけてくださった。
「私がなんとかする」
ライフ様はそう言って病室にこもり、じっとエルグの中にわずかに残った魂と向き合った。
そしてあの人は目を覚ました。
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