01.07.11:11
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12.05.03:32
それでも今日は普通に過ごせる
ここはどこ、わたしはだれ
目が覚めたら見知らぬ土地に立っていた。
見たことのない風景。そんなものを見たのは何年ぶりだろう。
活気豊かな港町だった。そこに偶然見知った顔が通り過ぎたから、「ここが何処か」と聞いてみた。
知らない場所だった。
「外の世界」
彼はこの景色をそう読んでいた。
外の世界。その言葉は知っていた。それがどんな世界なのかも知っていた。しかし、彼の口から出た「外の世界」は、私の見知ったソレとは全くもって違っていた。否、ずれていたのだ。
ここがねじれの外側であることは、目覚めてすぐにわかった。
彼の言葉もそうなのだけど、一番は、気を失うより以前の記憶が、曖昧ながら、ここが外の世界であると示してくれていたからだろう。
僕はあの時、あの瞬間。鎮魂の塔で大きな光に包まれた。奇怪な装いをした輝く記号の数々が脳裏に焼き付いている。(きっと罠でも踏まされたのだろう。)
身体の傷は治っていて、どういうわけか服の破れも綺麗に元通り。あの不思議な光が修復していったのかもしれない。
しかし何故? 考えても仕方がない。僕は何も知らないんだ。
先程教えてもらった通りに、こちらにもあるという郵便局を尋ねてみた。
何故か初対面の局員達は僕のことを知っているようで、あれやこれやと次々に話を繰り出される。適当に言葉を合わせていたら、もといた世界の局長と話せることになった。
幾分時代の遅れた通信機を手にとって、しばらく、聞き慣れた局長の声が流れてきた。しかしその言葉の内容は、どれもこれもちんぷんかんぷん。
「研修はどうだ」「定期船は朝と昼の二回だ」「残りの期間も頑張りたまえ」
断片を繋ぎ合わせてみると、どうやら僕は一ヶ月程前に船に乗って、もといた世界からこの世界の、この郵便局に、輸送経路の確保と異文化研修にやってきたらしい。
一ヶ月前、そうだ、鎮魂の塔が現れた頃だ。
事実がすり替えられている。
通信機を持つ手が、ぞわりと震えた。
局長との会話を続けたまま、局内を見渡すと、確かに一緒に渡ってきたらしい同僚がチラチラ見知らぬ制服で仕事をしていた。
通信を終えた後も、目はこの異妙な光景から離れることが出来なかった。
呆然としたまま、途切れた通信音を耳にあて、会話を続けているふりをした。
しばらくそうしていたつもりだった。その間はもしかすると数秒にも満たなかったのかもしれない。
色々考えてみたことは、全部ろくでもない妄想ばかりだった。まるでガラクタ。
自分の不要性に気付いた頃には机から立ち上がり、見知らぬ職場を後にしていた。
日に二度やってくるという定期船。
初めは少ないなぁと不思議に思ったけれど、この世界であの離れ小島が見つかったのはつい最近だと知ってからは納得した。
僕がずっと暮らしていた離れ小島は、こちらでは想像も出来ない程発展した文明力をもっているらしい。
なるほど、局長に言われた「研修」とは、彼らにあの世界の技術を伝えることだったのだ。
通りでカバンの中に札がたんまり入っていたわけだ。おかげで楽に船に乗って、もといた世界に帰れる。
鎮魂の塔にいる間、色々なことを考えたんだ。
しなきゃいけないこと、言わなきゃいけないこと、たくさん見つけた。
帰ったらまずは何をしよう。
必ず帰ると約束することも出来なかったのに、そんな皮算用を何度も繰り返していた。
きっと人恋しかったのだろう。
母の声など聞いたから。友の声など聞いたから。
恨みがましい形相で、鬼の哭く怒号で呪いをかけられた。どいつもこいつも同じ顔。
死んでしまってせいぜいしたとは言わないけれど、彼らの言葉に傷一つ負わなかったの何故だろうか。
僕はあの人達が好きだったのに、だから守ろうとしたのに、どうして「どうでもいい」等と思ってしまったのだろう。
わかっている。わかっている。
それが諦観。
だから寂しい。物寂しい。人恋しい。
諦めたものが手にはいらないから今、こんなにも大きな虚無感に包まれている。
「いつものことなのにね。」
真っ青な海を見つめながら、僕は小さく呟いた。
定期船で島に渡った帰り道、海岸で知り合いと一つ二つ会話する。
自分の知らない間にすっかり雰囲気を変えてしまった友人に、違和感ではなく異物感を覚えた。あの人はこれでよかったのだろうか。
そんなことを思いながらいつもの道を歩いてみる。
しかしどうしてか居心地が悪い。何かがおかしい。
不思議に思った所で理由が全く解らない。気持ちが悪い。
杞憂に埋もれて息が出来なくなる。嫌な妄想が頭に広がる。そして気付かされる。
『僕もまたねじれている』
あたかも当たり前であるかのように。
あたかも正常であるかのように。
螺子をねじってもモトには戻れない。
螺子にもなれず、釘にもなれず、どこにも納まることなく地面に落ちる。
転がることも出来ないとは重症だ。
自宅に帰る。なんということはない普通の一軒家。
ここは自分の家だ。
自分のための空間だ。
何故いつもと違う?
外観から漂う雰囲気は無機質で、自分の家の形をしていなかったら通り過ぎていたことだろう。
ドアノブに手を掛けるとしっかり施錠されていた。誰かが中に入った気配はない。鍵穴は僕の心境とは裏腹に軽快で、カチャリと小さな音をたてて主人を歓迎する。
いつもは真っ暗な廊下が薄暗い。
真っ黒だったはずの壁が灰色だった。それはつまり白。
リビング。いつもは使わない灯りをつける。
何かがおかしい。
絶対におかしい。
何がおかしい?
全てか?世界か?私か?
悩んでも迷っても答えは出てこない。
考える気がないのかもしれない。
ふらりと壁に倒れこむ。視界が傾く。すると目の前に小さな紙の束があることに気付いた。
『死亡者名一覧』
いつもかかさず書き込んでいた自分用のメモだ。レプリカのページを何枚か破ってまとめただけの、簡素なメモ用紙。
何故そんなものに目が止まったのだろう。今日はまだ誰の死も受け入れていない。
姿勢を直し、ぱっといつもどおりの仕草でページを開く。
何も変わっていない。何故こんなものを見た?
何も変わっていない?
何も変わっていないのに何故、変だと思った?
まるで変わっているのが当たり前かのように。
ページをめくる。ゆっくりめくる。何度も何度も行ったり来たり。めくってめくって。上から下までぎっしりと連なる誰かの名前を、眼と心とで復唱する。
誰か?
誰?
この人達は誰だ?
ハッとして部屋の中をもう一度見渡す。
ない。
何処にもない。
当たり前のようにあったものが根こそぎなくなっていた。
足の踏み場もない程敷き詰められていたものが一つもない。どこにも転がっていない。
這いつくばって机の下を覗き込んでも、やっぱりない。
机くらいしか家具がない部屋なのに、どうしてそれ以外に何もないことに気付かない? 馬鹿か?
傾れ込むようにあらゆる場所を漁りだす。
寝室、廊下、台所、浴室、クローゼット、ゴミ箱……
どこを必死で探しても、目当てのものが出てこない。
『遺影』
今までに死に別れた全ての隣人達
どうして、どうして、どうして、
どうして顔も思い出せない!?
愕然と床に伏し頭を掻き毟る。
真っ白だ。真っ黒だ。視界が点滅する。
何も思い出せなかった。この小さなメモ用紙に記された人の顔を、声を、出会いを、思い出を、最後の言葉、流した涙、追悼、感謝、何もかも、何もかも。
貴方の死と伴に歩んできた私の道が、知らぬ間になくなっていた。
影も、形も。
また置いていかれた
目が覚めたら見知らぬ土地に立っていた。
見たことのない風景。そんなものを見たのは何年ぶりだろう。
活気豊かな港町だった。そこに偶然見知った顔が通り過ぎたから、「ここが何処か」と聞いてみた。
知らない場所だった。
「外の世界」
彼はこの景色をそう読んでいた。
外の世界。その言葉は知っていた。それがどんな世界なのかも知っていた。しかし、彼の口から出た「外の世界」は、私の見知ったソレとは全くもって違っていた。否、ずれていたのだ。
ここがねじれの外側であることは、目覚めてすぐにわかった。
彼の言葉もそうなのだけど、一番は、気を失うより以前の記憶が、曖昧ながら、ここが外の世界であると示してくれていたからだろう。
僕はあの時、あの瞬間。鎮魂の塔で大きな光に包まれた。奇怪な装いをした輝く記号の数々が脳裏に焼き付いている。(きっと罠でも踏まされたのだろう。)
身体の傷は治っていて、どういうわけか服の破れも綺麗に元通り。あの不思議な光が修復していったのかもしれない。
しかし何故? 考えても仕方がない。僕は何も知らないんだ。
先程教えてもらった通りに、こちらにもあるという郵便局を尋ねてみた。
何故か初対面の局員達は僕のことを知っているようで、あれやこれやと次々に話を繰り出される。適当に言葉を合わせていたら、もといた世界の局長と話せることになった。
幾分時代の遅れた通信機を手にとって、しばらく、聞き慣れた局長の声が流れてきた。しかしその言葉の内容は、どれもこれもちんぷんかんぷん。
「研修はどうだ」「定期船は朝と昼の二回だ」「残りの期間も頑張りたまえ」
断片を繋ぎ合わせてみると、どうやら僕は一ヶ月程前に船に乗って、もといた世界からこの世界の、この郵便局に、輸送経路の確保と異文化研修にやってきたらしい。
一ヶ月前、そうだ、鎮魂の塔が現れた頃だ。
事実がすり替えられている。
通信機を持つ手が、ぞわりと震えた。
局長との会話を続けたまま、局内を見渡すと、確かに一緒に渡ってきたらしい同僚がチラチラ見知らぬ制服で仕事をしていた。
通信を終えた後も、目はこの異妙な光景から離れることが出来なかった。
呆然としたまま、途切れた通信音を耳にあて、会話を続けているふりをした。
しばらくそうしていたつもりだった。その間はもしかすると数秒にも満たなかったのかもしれない。
色々考えてみたことは、全部ろくでもない妄想ばかりだった。まるでガラクタ。
自分の不要性に気付いた頃には机から立ち上がり、見知らぬ職場を後にしていた。
日に二度やってくるという定期船。
初めは少ないなぁと不思議に思ったけれど、この世界であの離れ小島が見つかったのはつい最近だと知ってからは納得した。
僕がずっと暮らしていた離れ小島は、こちらでは想像も出来ない程発展した文明力をもっているらしい。
なるほど、局長に言われた「研修」とは、彼らにあの世界の技術を伝えることだったのだ。
通りでカバンの中に札がたんまり入っていたわけだ。おかげで楽に船に乗って、もといた世界に帰れる。
鎮魂の塔にいる間、色々なことを考えたんだ。
しなきゃいけないこと、言わなきゃいけないこと、たくさん見つけた。
帰ったらまずは何をしよう。
必ず帰ると約束することも出来なかったのに、そんな皮算用を何度も繰り返していた。
きっと人恋しかったのだろう。
母の声など聞いたから。友の声など聞いたから。
恨みがましい形相で、鬼の哭く怒号で呪いをかけられた。どいつもこいつも同じ顔。
死んでしまってせいぜいしたとは言わないけれど、彼らの言葉に傷一つ負わなかったの何故だろうか。
僕はあの人達が好きだったのに、だから守ろうとしたのに、どうして「どうでもいい」等と思ってしまったのだろう。
わかっている。わかっている。
それが諦観。
だから寂しい。物寂しい。人恋しい。
諦めたものが手にはいらないから今、こんなにも大きな虚無感に包まれている。
「いつものことなのにね。」
真っ青な海を見つめながら、僕は小さく呟いた。
定期船で島に渡った帰り道、海岸で知り合いと一つ二つ会話する。
自分の知らない間にすっかり雰囲気を変えてしまった友人に、違和感ではなく異物感を覚えた。あの人はこれでよかったのだろうか。
そんなことを思いながらいつもの道を歩いてみる。
しかしどうしてか居心地が悪い。何かがおかしい。
不思議に思った所で理由が全く解らない。気持ちが悪い。
杞憂に埋もれて息が出来なくなる。嫌な妄想が頭に広がる。そして気付かされる。
『僕もまたねじれている』
あたかも当たり前であるかのように。
あたかも正常であるかのように。
螺子をねじってもモトには戻れない。
螺子にもなれず、釘にもなれず、どこにも納まることなく地面に落ちる。
転がることも出来ないとは重症だ。
自宅に帰る。なんということはない普通の一軒家。
ここは自分の家だ。
自分のための空間だ。
何故いつもと違う?
外観から漂う雰囲気は無機質で、自分の家の形をしていなかったら通り過ぎていたことだろう。
ドアノブに手を掛けるとしっかり施錠されていた。誰かが中に入った気配はない。鍵穴は僕の心境とは裏腹に軽快で、カチャリと小さな音をたてて主人を歓迎する。
いつもは真っ暗な廊下が薄暗い。
真っ黒だったはずの壁が灰色だった。それはつまり白。
リビング。いつもは使わない灯りをつける。
何かがおかしい。
絶対におかしい。
何がおかしい?
全てか?世界か?私か?
悩んでも迷っても答えは出てこない。
考える気がないのかもしれない。
ふらりと壁に倒れこむ。視界が傾く。すると目の前に小さな紙の束があることに気付いた。
『死亡者名一覧』
いつもかかさず書き込んでいた自分用のメモだ。レプリカのページを何枚か破ってまとめただけの、簡素なメモ用紙。
何故そんなものに目が止まったのだろう。今日はまだ誰の死も受け入れていない。
姿勢を直し、ぱっといつもどおりの仕草でページを開く。
何も変わっていない。何故こんなものを見た?
何も変わっていない?
何も変わっていないのに何故、変だと思った?
まるで変わっているのが当たり前かのように。
ページをめくる。ゆっくりめくる。何度も何度も行ったり来たり。めくってめくって。上から下までぎっしりと連なる誰かの名前を、眼と心とで復唱する。
誰か?
誰?
この人達は誰だ?
ハッとして部屋の中をもう一度見渡す。
ない。
何処にもない。
当たり前のようにあったものが根こそぎなくなっていた。
足の踏み場もない程敷き詰められていたものが一つもない。どこにも転がっていない。
這いつくばって机の下を覗き込んでも、やっぱりない。
机くらいしか家具がない部屋なのに、どうしてそれ以外に何もないことに気付かない? 馬鹿か?
傾れ込むようにあらゆる場所を漁りだす。
寝室、廊下、台所、浴室、クローゼット、ゴミ箱……
どこを必死で探しても、目当てのものが出てこない。
『遺影』
今までに死に別れた全ての隣人達
どうして、どうして、どうして、
どうして顔も思い出せない!?
愕然と床に伏し頭を掻き毟る。
真っ白だ。真っ黒だ。視界が点滅する。
何も思い出せなかった。この小さなメモ用紙に記された人の顔を、声を、出会いを、思い出を、最後の言葉、流した涙、追悼、感謝、何もかも、何もかも。
貴方の死と伴に歩んできた私の道が、知らぬ間になくなっていた。
影も、形も。
また置いていかれた
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