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・・基本有言不実行・戯言駄文録・・・
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05.16.08:36

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  • 05/16/08:36

12.05.05:54

オマエは誰だ?

世界の真ん中にはいつもその柱が建っていた。天を貫くように伸びた巨大な結晶を、俺達は確か「逆さ氷柱」と呼んでいた。何故そのような名前なのかは知らないし、誰も覚えていない。
 あの逆さ氷柱は特別な存在だった。
「あそこに近づいてはいけない」
 彼女が俺にそう言っていたのをよく覚えている。何故そんな話を始めたのだろう。彼女はとても不安そうな顔で、俺の服の端をつまみながらそう言ったのだ。「行かないでくれ」と暗に、何度も呟いていた。
 この小さな世界の中で、俺達が行ってはいけない場所なんて、本当にあるのか。
 「行ってはいけない」「近づいてはならない」「関わってはならない」
 大人面した知識人たちは、いつもそう言ってあの場所を恐れていた。彼女もそうだった。あの人もそうだったし、アイツもそうだった。
 俺だけが違っていた。だからとても気になった。かの場所に浮かび上がる恐怖の未知を、解明出来るのは俺だけであるような気がした。
 だからあの日、俺は誰にも言わず、深い夜闇を一人歩き、逆さ氷柱の麓に向かったのだ。
 柱の周りはクレーターのように抉れていて、さらさらとした銀色の砂がしきつめられていた。足を踏み入れると、砂は蟻地獄のように沈み始め、しずかに柱の根本へ招待してくれた。
 近くで見る逆さ氷柱はひときわ大きく感じた。大樹よりも幅広く、塔よりも高くそびえる。表面はささくれだっており、鋭利な突起がそこら中に張り付いている。触るとひんやり冷たい。水の中に手を入れるような、結晶の奥に吸い込まれるような幻想を見る。
「近づくな」
 逆さ氷柱はそう言っていた。結晶の棘が人を拒絶する。ちくりと手の平に刺さり、触れるものを傷つける。けれど行かなくてはならない。その結晶の深い青が、俺には人の涙のように映ったからだ。
 ぽっかりと空いた横穴を見つけて中に入る。ランタンの灯りで照らすと、横穴は当然のように奥深く続いていた。結晶に囲まれた薄暗い回廊を巡り、深く深く沈んでいく。どれくらい歩いただろう。気付けば辺りには自分しかなかった。
 足場は大理石のように平らで下り坂。足音はしない。灯りの火がちりちり燃える。
 ふと立ち止まり、灯りに照らされて浮かび上がった自分の手を、じっと見る。ぎゅっと握り、元に戻す。大丈夫だ。不安などどこにもない。
 一息ついて顔をあげると、いつのまにか目の前に大きな扉があった。
 手をふれると扉はあっさり開いてしまう。扉の向こうには閉鎖的な空間。どこかに光源があるらしく、ほんのり明るい。ランタンの光が異物となって淡い光の中に差し込んだ。
 中は意外と広い。何か靄のようなものに遮られているのか、奥は照らしても何も見えない。入ってみると、扉はごく自然にばたんと閉じてしまった。鍵の様なものは無かった。
 一歩踏み出すと、突然部屋の奥が鮮明に映し出された。白く、青く、黄金色の光が急に目に差し込んできた。まるで誰かの訪問を待っていたかのように。
 光に歩み寄ってみると、それがとある結晶の塊にランタンの光が反射しただけだと気づく。結晶の塊は、何もない空間の真ん中にぽつんとあった。誰かが何かのために置いたのだろう。結晶は光を受けて明るく輝き、その下に敷かれた銀色の床が透けて見えた。
 その輝く結晶の表面に、何かが映り込んでいるのに気付いた。
 それはよく知る人物だった。見知った顔立ち、見知った体格、見知った表情。けれど、なんだろう? こんな人物になんて会ったことがない。
「オマエは誰だ」
 気付けば俺は、結晶に映る自分の姿に向かって、そんなことを言っていた。
「オマエは誰だ?」
 結晶の中の俺がそんなことを言っていた。

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