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・・基本有言不実行・戯言駄文録・・・
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05.04.18:24

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  • 05/04/18:24

12.05.05:56

脱獄宣言

「つーかきいたぁ? ミホ彼氏と別れたって!」
 真昼の教室。クラスメイトの甲高い声が、セミの音みたいに鬱陶しく頭に響いた。
「そー、もうマジさいあくだっつうの!」
「ミホかわいそー! そんな奴さっさと忘れちゃおう!」
「そうそう! 今日とかどう? ガッコ終わったらマック行こうよ!」
 あの人達の会話はいつも耳に響く。男子の会話なら多少うるさくても無視できるけど、女子って本当にかしましい。購買を買いに教室を出て行った友達は、まだ数分は帰ってこないだろう。いつも真面目に列の後ろに並ぶもんだから時間がかかるんだ。どうせ誰も順番なんて守ってないんだから、適当に割り込んでしまえばいいのに。それが彼女のいいところだと言われたことがある。でも、私にはお人好しというより、何も考えていないだけの様な気がする。彼女はどうして
「ごめんっ。今日はダメなのー!」
 考え事で気を逸らしていたのに、急に女子たちの会話が続いてきた。ミホの声だけが、他の女子とは違っていた。そして、いつもと違う。それは、うるさいくらい聴いていた、いつものミホの声ではなかった。
「マジぃ? 最近付き合いわるくネ?」
「ミホぉ、悩みがあったら言ってくれていんだよ?」
「そーそー、あたしら友達じゃん?」
「――――」
「―――」
「ただいまぁ!」
 気付けば目の前に、香織と山口さんが据わっていた。
「何ぼーっとしてたの?」
 購買で買ったアイスティーの紙パックにストローをさしながら、香織は気さくにほほ笑んだ。
「別に……。」
 私はそれだけ言って、何も言葉を返さなかった。



 今日の授業は少し早めに終わった。
 香織は部活で、今日も一緒に変えれない。せっかく授業が終わったのだから、他のクラスの子を待っているのも損をした気がする。何もすることはないけれど、さっさと家に帰ってしまおう。
 そう思ってせかせかと学校の自転車置き場にやってきた。
「……。」
私は心の中で、(あーぁ)と思わずつぶやいた。自転車置き場に押し詰めになっていた自転車が、見るも無残に倒れまくっていた。ドミノの要領だろう。どうせ誰かが強引にねじ込むか引き出すかして失敗したんだ。この悲惨な光景を生み出したくせに、どうやら犯人は何もせずに逃げ出したようだ。
そりゃあ逃げるさ。自転車のドミノ倒しなんてそりゃもう日常茶判事さ。そんなよくあることにイチイチ対応するのも馬鹿らしい。そもそも倒れるまでぎゅうぎゅうにする大衆が悪いのだ。被害者だって自転車が倒れてるくらいじゃそうそう怒らない。じゃあ、何もしなくていいよね。そういう考え。
私は自分のクラスのスペースに入れた自転車を、自転車の川の中から取り出した。取り出すついでに、上に乗っていた自転車を起しあげる。周りにその自転車を置く場所がなかったから、その横の自転車を起した。そうやっていると、「せっかくだから全部起こしてしまおう」なんていう考えが浮かぶ。全部はめんどうだ。でも、クラスの分だけなら……。
「綾子ちゃん!」
 突然声がきこえた。顔を上げると、少し離れた所に、ミホが立っていた。
 見られた? 私はなんとなく気まずくなって、倒れていた他人の自転車から手を離した。
 ミホはそんな私の様子になど何の関心もないようで、こちらの返事もないうちに言葉をつづけた。
「一緒に帰ろ!」



 拒否するのも面倒だったから、私はミホの誘いを断らなかった。しかし、不愉快だった。この娘との会話は疲れるのだ。
「昨日チエがね……あ、知ってる? チエって五組の子なんだけど、それで、その子がね、授業サボって遊んでたんだって!」
「チエって、川本さん? 知ってるよ。一年の時に同じクラスだった。」
「そー!そのチエがね、何してたと思う?」
「タバコでも吸ってた?」
「コンビニ前で友達と一緒にだべってたの! それで苦情言われたらしくってね、さっき授業終わったら職員室来いって言われてた!」
「そうなんだ。」
「そーなのー、可哀そう!」
「サボるならもっとコソコソやればいいのに。」
「だよねー。苦情言う人もマジうざい。」
 この女は私の話を聞かないな? 再三で確認しながら、こっそりと嫌な顔をしてみる。しかしミホはそんな態度には気付かない。私に対する興味が全く感じられない。話し相手がいればいいんだ。誰でもいいんだ。そう思うと腹が立ってきた。イライラはさっきからしていたけれど、とうとう何か言ってやろうというところまで来てしまった。
「そういえば、美穂さ。今日昼に彼氏と別れたって言ってたよね。」
 何かくだらない会話を続けようとしていたミホの口が止まった。会話を急に遮られたからだろうか。そうでもない? ミホが引いていた自転車のタイヤも止まっていた。
でもそれは一瞬。
「や、やだー、聞いてたの?」
「あれだけ大声で話してるとね。結構教室静かだったじゃん?」
「うん、別れちゃったの。本当は誰にも話す気なかったのにね、アイツがチクったのかな。」
「話す気なかったの?」
「だって、あの人達に話すとめんどくさいんだもん。」
 君でもそんなこと思うのか。私はちょっとミホを見直してみた。何も考えていない小娘だと思っていたけれど、ちゃんと女子だったようだ。
「彼氏の写メ見せろとか、男子と一緒に歩いてたでしょとか、もう嫌。付き合ってられない。」
「そうだよね、美穂、数年前まであんな子達とは全然話してなかったもんね。」
「高校来てからだよ。友達間違えたかな? 今更あのグループから抜けても面倒だし。話し合わせるのも大変。」
「誘い断ってたね。私と一緒に帰るのはいいの?」
「綾子はいい! 最近話してなかったし、一人だったし、せっかくだからさ。嫌だった?」
「別に。私も帰るだけだったし。」
「そっかぁ。綾子はどっかで遊んだりとか、あんまりしないの?」
「あんまり。家も遠いから。」
「小学校の頃は、よく一緒に帰ったよね!」
「そうだね。」
「…………。」
 突然、ミホの言葉が途切れた。どうしたのかとここで初めて横を見ると、ミホは下唇を引き上げた、露骨に嫌そうな顔をしていた。私の会話のそっけなさに腹でも立ったのだろうか。つまらなかった? そりゃそうだ。
 私が見ていることに気付くと、ミホは「あ、ごめん!」と声をあげる。
「考え事、してた!」
 考え事? ミホが?
「何かあったの?」
 興味が湧いた。
「うん、あのね……ミホ、変わったよね。」
 そう言ってミホは俯いた。長い茶髪の髪が横顔にかかって、表情がよくわからなくなる。私は見るのをやめて、また正面を向いて、自転車を引くのに集中した。
「うん……変わったね。髪染めてるし。それ、校則違反だよね。」
「こっちの方が可愛いって言われたの。」
「そうでもないけどな。」
「ケータイも変えたの。新しいヤツ。ピンクで、たくさんデコったよ。みんなカワイイって言ってくれた。」
 彼女の胸ポケットに重く引っかかっている携帯電話に目をやる。邪魔としか思えない量のきらびやかストラップ。手の平程もある大きなマスコットまで付けている。
「スカートも切っちゃった。お父さんにはしたないって怒られたけどね、お母さんは、最近の女の子はみんなこうだからいいんだよって。」
 ミホのお母さん。確かに人の好さそうな人だった。何度か家に遊びに行ったことがあったし、その時にオレンジジュースを出してくれたので、なんとなく覚えている。
「喋り方も、なんか変になっちゃったでしょ? うつっちゃったのかな?」
「今は少し落ち着いてるよ?」
「そう? ヨカッタ。」
「嫌なの?」
「イヤ。」
 泣き出しそうな可愛らしい声で、ミホは弱音を吐いた。
「ミホこんなんじゃないもん。やだよ、あの子達に合わせてるみたい。この前メイクしないでガッコいったらね、『まじウケル』って笑われちゃった。ムカついたけど、ミホ、何もできなかった。」
「縁切っちゃえばいいのに。」
「無理だよ。クラスメイトだし。メアドとかみんな知ってる。」
「住所は?」
「家は教えてないよ。でも、きっとおっかけてくる。前にそういうことあったもん。」
「なにそれ、ヤクザみたいだね。」
「お母さんにこれ以上迷惑かけたくない。」
「じゃあ、学年上がるまで我慢するしかないね。」
「やだよ、そんなの。もう付き合ってられない。」
「今日まで我慢できてたじゃん。」
「嫌だ。彼氏バカにされたもん。もう許しちゃダメな気がする。」
「彼氏? もしかして、まだ好きだった?」
「うん。」
「そっか。」
 昼にずたぼろに言い合っていたから、てっきりそういう別れ方をしたものだと思っていた。
「みんな他人の不幸が楽しいんだよ。ミホはそうなりたくない。」
「でも、どうしようも出来ないじゃない。我慢しなきゃ。」
「……。」
「…………あ。」
「どうしたの?」
「ごめん、ここまで。」
 そう言って私は、早々に自転車にまたがった。
「あ、そっか。ここでお別れだね。」
 気付けば私達は見慣れた細道の前まで来ていた。ミホはここで曲がって、住宅街へ。私はこのまままっすぐ郊外まで。だから昔から、一緒に帰る時はここでお別れということになっていた。
「ごめんね、変な話しちゃった。」
「……うん、大丈夫。これくらい聞いてあげるよ。」
「そっか、でも、綾子ちゃんあんまり楽しそうじゃなかったから。」
「笑顔で話してればよかった?」
「そうでも、ない、かな。」
「そうでしょう?」
「また一緒に帰ろうね!」
「うん。」
 これでやっと建前だらけの会話から解放される。私は清々しい表情で、ペダルに片足をのせたまま、少しだけ地面をけった。ミホとの距離が少しだけ広くなった。
「ねぇ、美穂。」
「なぁに? 綾子ちゃん。」
「お母さんには、あんまり心配させちゃだめだよ?」
 私はそう言い捨てて、ペダルをこぎだした。



次の日、ミホは学校に来なかった。

次の日も

次の日も学校に来なかった……


 ある日の昼休み、偶然女子たちの噂話をきいてしまった。
「ミホのやつ、転校したんだって。」



「アヤちゃん、食べた食器くらい自分で片付けなさいって言ったでしょ!」
 リビングで寝そべりながらテレビをみていると、台所からお母さんの声がした。いつも通りのフレーズに、迫力なんてあるわけがない。
「はぁーい。」
 私は適当に間延びした返事を返す。
 テレビの画面では、カラフルなスタジオの中で中年男が笑い合っている。『ハハハハハ』と電子化した笑い声が、定期的に、何度も何度も聞こえてきた。バラエティ番組は嫌いだけど、その音の波が心地よい時がある。今はそういう時らしい。どうやら画面の中ではやりの芸人がボケたらしく、さらに『ハハハ』と笑い声が続く。私はクスリと笑った。
「アヤちゃーん!」
 お母さんの声が大きくなった。そろそろいかないと怒られるかな? そう思って立ち上がる。
 台所に向かう途中、机に置いてあった数枚の食器を重ねて運んだ。食器を洗い場に置く。ガチャンと鳴った耳慣れた高音が、今日は何故か、とても気になった。
 バシャバシャと水を流し、皿を適当にスポンジで撫でてみる。私がやるより、お母さんがやった方がずっと早くて綺麗なのに。
 汚れの落ち方を伺いながら、しばらく無心で食器を洗っていた。一つ、一つ、食器を片づけていく。自分の分だけだから、それほど時間はかからない。
 最後に箸についた泡を水で流し、水の流れる蛇口をひねった。キュッと甲高い音。
「……。」
 ずっと辺りに満ちていた流水音が止まった。途端に部屋が静かになる。お母さんは知らないうちに出ていってしまっていた。一瞬無音になてしまったと思ったが、よく耳を澄ますと、つけっぱなしのテレビからよく聴くCMソングが流れてきた。
 私は濡れた箸をふき取り、流しの横にそっとおいた。
 すると、そこに積まれた皿の横に、真っ白なまな板があった。その上には、出しっぱなしの包丁。
 包丁。
 私は包丁を握った。
 ぎゅっと、力を少しだけ込めて包丁を握った。包丁の柄は、びっくりするほど綺麗に、手の平に収まった。刃をまな板の表面に添えたまま、すっと少しだけ持ち上げる。日頃慣れ親しんだ家庭用包丁。今日はいつも以上に、しっくりと自分に馴染んでいた。
 台所の照明をうけて、包丁の刃が閃いた。

 一思いに。

 妄想が始まった。
 この包丁を持った私が、自分の胸を突き刺した。
 この包丁を持った私が、後ろに立っていたお母さんの首に包丁を突きつけた。
 この包丁を持った私が、このまま家の外に走り出して、通行人を刺し殺す。
 私はボロボロ涙を流して泣きじゃくった。ぐしゃぐしゃになって謝った。ごめんなさい、ごめんなさい。こんなことするつもりじゃなかったの、ごめんなさい、ごめんなさい。
 胸に刺さった包丁。死後の世界はどんなところだろう。
 お母さんは、どんな顔をするかな。どんなことを言うかな。
 見知らぬ被害者は、私のことをどんな人だと思うかな。
 そんなことをしてしまった私は、一体何を思うだろうか。
 ごめんなさい?
 いいえ、すっきりしたでしょう?
 これであなたの日常はお終い。これからは、新しいステージ。

 脱獄宣言

 バカらしい。
 私は包丁から手を離した。
 でも、気付いたらまた握りなおしてみた。しかし、さっきまでのしっくりした感じはしなくなっていた。さらりと持ち上げて、刃をみつめてみた。銀色の横広の刃が、照明を受けて白く発光していた。よくみると、少し表面が汚れている。
 私は包丁をまな板の上に戻した。
 濡れたままだった手をタオルでふき取って、台所を後にする。リビングではつけっぱなしのテレビが、一人っきりで踊っていた。CMがあけて、またさっきの場面。ちょっと進んでる。興味もなかったので、そのまま電源をきってしまった。他に何かやっていないか見た方がよかったかな? と後悔してみたが、面倒だったからチャンネルも手放した。
 お母さんはまだ、リビングには帰ってこない。
 私はすることもなかったから、そのまま自分の部屋に向かった。



 電気のついていない部屋は暗かった。少し開いたカーテンの隙間から、街灯の光が少しだけ差し込んでいた。なんとなく部屋全体が青白い色をしているような気がした。
 小さなスタンドライトをカチャリと鳴らすと、ベッドの周りだけがパッとオレンジ色の光で明るく照らされた。私はその中に倒れ込んだ。
 充電したままの携帯電話。手に取って画面をみる。メールはきていない。
 ふと、ミホのことを思い出した。
 あの子は逃げたんだ。
 私は携帯をパチリと閉じた。部屋はとても静かだった。だから、もう一度携帯を開いた。
 メール画面を開き、宛先を添える前に本文を書き始める。
「さびしいn」
 指が止まる。
バカみたいだ。
電源ボタンを一つ押す。携帯は本文が削除されることを教えてくれた。構わないよ、と返事を返す。いつも通りの待ち受け画面。メールは送っていない。
パチンと音が鳴る。携帯電話を閉じた。
涙は出なかった。

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