01.09.07:03
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06.01.23:33
臆病
純白の石膏で出来た大地に赤が落ちる。鉄の香りに錆びた醜悪が滲んでいく。美しい白が、見る間にその純潔さを失っていく、奪い取られていく。これは強奪、つまり悪行である。そして冒涜だ。ソウドは心の中で、何度も唸った。こんなことはあってはならない。
「もういいだろ。」
白と赤の間、その桃色の境界に立つ男に、ソウドは語りかけた。色の無い瞳で、どこか遠くを、ただ見詰めているだけの彼を、見ていられなかったからだ。
「そうだな。もうここには、することがない。」
ひどく冷たい言葉が返ってきた。単調で、無機質で、平坦な。
彼の目的はどこまでも明朗だった。それは機械的とまで言えるほど単純で、けれどまだ人の触れる音が残っている。喩えるならば、機織り機。そこに自意識なんてものがあるはずがない。ただそれを動かす意思が、彼という存在なのだ。
「どうしたんだ、そんな顔をして。」
男はくすりと笑う。ソウドはその姿を一心に見つめる。そして思うのだ。
『オマエはまた、そうやって笑うんだな。』
無言の内、唇のすぐ裏側まで湧き上がって来た想いを、もう一度身体の奥へと押し流す。潮の満ち引きのように、こんなことを何度も何度も繰り返すのだ。飽きることなどない。そんな日が来ることを、密かに願っていることからも目をそらし。
「帰ろう。」
ソウドはもう一度提案した。
「あぁ、帰ろう。」
床に散らばった赤が、ぶわりと一つ震え、蒸発した。大気が一瞬だけ、紅色に染まる。次に広がる真っ白な光景。石膏と大理石で硬く敷き詰められた白の床。暗雲立ち込める曇り空。ふわふわと降り注ぎ、地に落ちる前に溶けて消える、小さな吹雪。こうふくの白。戦争は終わったのだ。平和という褒美を腕いっぱいに抱え、多くの憎しみを足元に散らかしたまま。
生き物達の歓声が聞こえた。咽び泣く声が聞こえた。そして、怒号。
「神よ、主よ、何故私たちを見捨てるのだ!!」
恨めしい。憎らしい。
そんな言葉があることは知っている。その言葉が全てでないことを知っている。男が何を望んでここに立っているのかも、知っている。知っているのに、何もしない。それなのに言ってしまうのだ。
「エッジ。俺はオマエの味方だ。どんな時でも、絶対にオマエを裏切らない。」
言うまでもない、言うまでもないことだ。だけど、言わなくてはならない。
「ありがとう、ソウド。」
彼に言葉が届かない。
それでも繰り返すのは、彼の一声が欲しかったからだ。愛する自信も、勇気も無い。愛される自信も、勇気も無い。だからその言葉が欲しいのだ。
なんて情けなさだと、自分自身を罵倒するために。
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