01.07.10:36
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12.30.20:47
クローバーの終末
クローバーの終末
ある月の無い夜のこと。霧のように静かな焼け野原に僕は寝転がっていた。
「いい夢は見れたかな?」
その声はあたかも遥か昔からそこにあったように、当たり前のように僕の上に降ってきた。
「故郷の村がまた焼かれたときいて来てみれば、まさか君なんかが転がっているとは思わなかったさ。気分はどうだい、我が幼馴染よ」
めんどくさい語り口調に、人を小馬鹿にしたような癪に障る声色。懐かしい声だ。それでいて初めて巡り合ったように不思議な……これは心地よいと言えるのだろうか。
「俺が誰だかわかるかな?」
頷こうとした。けれど、体は少しも動かなかった。
「随分長い夢を見ていたみたいじゃないか」
夢。
彼はアレを夢という。彼が言うのならばそうなのかもしれない。そう、夢といえば夢だった。僕はあの時確かに眠りについていた。
「醒めない眠りというやつだ。そういう意味では君はまだ起きていないことになる」
声が出ないのも、この腕や脚が動かないのも、僕がまだ寝ているからだと彼は言う。しかし、もう夢は終わっている。ならば今、僕は何を見ているのだろう。
「なんにもないね。なんにもない。何もかも、失った気分はどうだい? 世界が変わったでしょう?」
彼は楽しそうに笑っていた。そしてこう告げた。「君は死んだんだ」、と。
彼はいつも言っていた。「死は変化である。死は時として人に幸福をもたらし、そして改革を促す。さらにいえば、変わらなければ、死など恐れる必要はない」、と。
「君はどの世界にいたってこの調子だ。愚直に夢想を追い求め、無慈悲な死に様を俺の前に晒し、どうということでもないように顔をあげる。君ほど死ぬのが嫌いな人間が、こんなにも死神に好かれているなんて皮肉なものじゃないか」
彼は僕を知っている。きっと誰よりも理解している。だから僕は何も言わなかった。ただその言葉を聞き流し、閉じたままの瞳で空を見上げていた。
「君は野に咲くクローバー。誰からも見向きもされない緑色の雑草。何千何万世界の君を見てきたけれど、やはり揃いも揃って葉は三枚。四つ葉探しも楽ではないね」
きっと自分でひきちぎっている。
「君は四つ葉になりたいと思う?」
四つ葉のクローバー。幸福の象徴。そこには僕があの時思い描いた夢が詰まっているのだろう。笑い合える友人、信頼できる仲間、暖かい街並み、爽やかな潮風の香りと、憧れの背中。
そうだ、僕には四つ葉なんかよりも、もっともっとなりたいものがある。そしてやりたいことがある。
「それも一つの終末かもね」
死神は笑う。
目を開けると、満面の星空が僕を見下ろしていた。冷たい瓦礫だらけの地面に肘をつき、ゆっくりと起き上がる。体が重い。頭も重い。僕は今まで何をしていたのだろう。
傍らには一冊の古びた本。書き散らされた誰かの日記帳。僕はそこに記された幾つもの言葉を知っていた。そこに語られた幾つもの想いを知っていた。この本を書いたのは誰なのだろう。
「マスター……」
ポツリと呟いた言葉がどことなく懐かしい。なんとなく、そうなのだという気がした。
そして立ち上がり、歩き出す。瓦礫と卒塔婆に囲まれた小さな荒野を飛び出した。
僕の名前はケイト・クローバー。マスターのために生まれ、自分のために生きる、勝手気ままな機械人形。
息を吸い、大地を蹴り、重い足音を鳴らしながら、僕は僕の思うがままに走り出した。
もう決して、死なせはしない。
ある月の無い夜のこと。霧のように静かな焼け野原に僕は寝転がっていた。
「いい夢は見れたかな?」
その声はあたかも遥か昔からそこにあったように、当たり前のように僕の上に降ってきた。
「故郷の村がまた焼かれたときいて来てみれば、まさか君なんかが転がっているとは思わなかったさ。気分はどうだい、我が幼馴染よ」
めんどくさい語り口調に、人を小馬鹿にしたような癪に障る声色。懐かしい声だ。それでいて初めて巡り合ったように不思議な……これは心地よいと言えるのだろうか。
「俺が誰だかわかるかな?」
頷こうとした。けれど、体は少しも動かなかった。
「随分長い夢を見ていたみたいじゃないか」
夢。
彼はアレを夢という。彼が言うのならばそうなのかもしれない。そう、夢といえば夢だった。僕はあの時確かに眠りについていた。
「醒めない眠りというやつだ。そういう意味では君はまだ起きていないことになる」
声が出ないのも、この腕や脚が動かないのも、僕がまだ寝ているからだと彼は言う。しかし、もう夢は終わっている。ならば今、僕は何を見ているのだろう。
「なんにもないね。なんにもない。何もかも、失った気分はどうだい? 世界が変わったでしょう?」
彼は楽しそうに笑っていた。そしてこう告げた。「君は死んだんだ」、と。
彼はいつも言っていた。「死は変化である。死は時として人に幸福をもたらし、そして改革を促す。さらにいえば、変わらなければ、死など恐れる必要はない」、と。
「君はどの世界にいたってこの調子だ。愚直に夢想を追い求め、無慈悲な死に様を俺の前に晒し、どうということでもないように顔をあげる。君ほど死ぬのが嫌いな人間が、こんなにも死神に好かれているなんて皮肉なものじゃないか」
彼は僕を知っている。きっと誰よりも理解している。だから僕は何も言わなかった。ただその言葉を聞き流し、閉じたままの瞳で空を見上げていた。
「君は野に咲くクローバー。誰からも見向きもされない緑色の雑草。何千何万世界の君を見てきたけれど、やはり揃いも揃って葉は三枚。四つ葉探しも楽ではないね」
きっと自分でひきちぎっている。
「君は四つ葉になりたいと思う?」
四つ葉のクローバー。幸福の象徴。そこには僕があの時思い描いた夢が詰まっているのだろう。笑い合える友人、信頼できる仲間、暖かい街並み、爽やかな潮風の香りと、憧れの背中。
そうだ、僕には四つ葉なんかよりも、もっともっとなりたいものがある。そしてやりたいことがある。
「それも一つの終末かもね」
死神は笑う。
目を開けると、満面の星空が僕を見下ろしていた。冷たい瓦礫だらけの地面に肘をつき、ゆっくりと起き上がる。体が重い。頭も重い。僕は今まで何をしていたのだろう。
傍らには一冊の古びた本。書き散らされた誰かの日記帳。僕はそこに記された幾つもの言葉を知っていた。そこに語られた幾つもの想いを知っていた。この本を書いたのは誰なのだろう。
「マスター……」
ポツリと呟いた言葉がどことなく懐かしい。なんとなく、そうなのだという気がした。
そして立ち上がり、歩き出す。瓦礫と卒塔婆に囲まれた小さな荒野を飛び出した。
僕の名前はケイト・クローバー。マスターのために生まれ、自分のために生きる、勝手気ままな機械人形。
息を吸い、大地を蹴り、重い足音を鳴らしながら、僕は僕の思うがままに走り出した。
もう決して、死なせはしない。
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