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・・基本有言不実行・戯言駄文録・・・
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05.06.04:13

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  • 05/06/04:13

12.19.00:51

死者は告白する


神話伝承本編後編
雷神ソウドの魂がこの世を去った後の話







死者は告白する

 荘厳な氷の神殿の奥深く。床一面に氷を敷き詰めた、青に輝く大広間。かの女神は、まるでこの世界全ての王であるかのように厳格なる面持ちで、巨大な玉座に座していた。
 たゆたう髪は水晶色に透き通り、白雪の肌には曇り一つありはしない。こちらを悠然と見据える両の瞳は鋭く、神秘をふんだんに孕んでいる。
 この美しい女神の姿ならば、瞳を閉じてでも思い出せる。けれど、直接出会うのはこれが初めてのことだった。
「面会を許して下さり、誠にありがとうございました、エッジ様」
 少年は玉座の前で跪き、頭を垂れる。
「この度は、あなた様にどうしても伝えねばならないことがあり、こうして伺わせていただくこととなりました。どうか、私の話をおききくださいますよう、よろしくおねがい致します」
 エッジと呼ばれた女神は、静かに少年を見下ろした。睨むように、訝しむように、あるいは……。
「顔を上げろ」
 女神の澄んだ美声が静かな部屋に響く。
 少年は言われた通り顔を上げ、同時に座する女神を見上げた。
「そうかしこまる必要もない。お前もいずれ神になるものだろう、雷の神子。今日はよく来てくれたな。お前がこの俺に直に話さねばならぬものが、どのような内容なのか……楽しみにしているぞ。さぁ、話してみろ」
「ありがとうございます」
 少年は一言礼を言うと、立ち上がり、背筋をのばし、女神と対面する。
 そして若き神の子は口を開く。
「記憶を受け継ぎました」
 女神の冷たい瞳がざわりと揺れる。
「初代、二代目、そして、三代目雷神ソウドの死ぬまでの記憶を、私は手に入れました。途方もない量の記憶を、彼から受け継ぎました。大切な記憶です。辛く、重たく、愛おしい、ソウドという一柱の神の全てが私の中に宿りました。
 今、私は第四のソウドとして、あなたの前に立っています。どうしても、言わなければならない言葉があるからです。
 その言葉を、どうか彼の真意と受け取ってください」
 少年の深緑の瞳に強い意志が宿る。
 さぁ、言いなさい。静かな部屋を流れる風が、彼の背を撫でた。そこで少年は、決意を確かに声を出す。
「三代目雷神ソウドは、心の底から貴女を愛していました」
 告白された小さな真実が、二人の間に反響する。
 その後続く静かな沈黙。先にやぶったのは、女神の方であった。
 女神は肩を震わせ、右手でそっと顔を覆う。そしてクツクツと笑い出す。
「面白いことを言う」
 指の隙間から、妖艶に細めた神の瞳がはみ出し、再び笑って少年に告げた。
「死んだ男が、もう二度と顔を合わせぬと約束した女の前に舞い戻り、放った言葉がそれとはな。あぁ、実に、滑稽だ」
 女神は笑っていたが、その表情は冷ややかだった。少年の告白に、何を思っているのだろうか。そんなこと、少年には簡単にわかった。だからそれ以上何も言わず、女神の言葉を待った。
 女神は息を付き、その白く繊細な手を少年に向けて差し出した。
「幼きソウドよ。もう芝居はいい、此処へ……もっと近くに寄るがいい」
 少年は言われた通り、玉座の前、女神の眼前まで歩み寄った。
 近くまできた少年の顔に、女神の白い手が伸びる。
「本当に同じ顔をしているな。まるでアイツが目の前にいるかと錯覚してしまう。そんなことあるはずがないのになぁ」
 愛しい恋人にするように、優しく頬を撫で、手のひらで包み込む。目を細め、女神は微笑む。
「ソウドは……ネオン・ソウドという男は、もはやこの世界の何処にもいない。死んだのだ。未だに信じられる気がしないがな。
 アイツはな、何度殺しても蘇るようなヤツだったよ。何故だかいつも俺のために一生懸命で、可愛いヤツだった。ずっと一緒にいられると思っていた。あの日誓いあった約束も、いつか実を結ぶものだと思っていた。
 そうか、でも、死んだんだものな。そんなヤツが、今更俺に愛していただの告げるのか。ならばこの俺も言わねばならないことがあるな」
 頬を撫でる手がとまり、女神の手が少年の肩に添えられる。少年の無口な顔をゆっくりと覗き込み、女神は告白する。
「俺も、ソウドのことが大好きだった。この世界の何よりも、誰よりも。愛しくて、たまらなかった」
 女神の瞳から涙がこぼれる。一つ、二つ。ずっと堪えていたものが、次から次へと溢れ出す。
 もう会えない愛しい人への想いを呟きながら、もはや涙を堪えることもせず、肩を震わせ、静かに泣いた。
「後悔した。ソウドがあの人と相討ちになって死んだと聞いた時、目の前が真っ白になった。そんなわけがない、嘘だ嘘だと怒鳴り散らした。あの男が俺をおいて逝くなどありはしないと。
 こんなことなら約束など破ってしまえばよかったのだ。いつ終わるかもわからない我慢などせず、俺の傍にいてくれと素直に告げればよかった。嫌われても、疎まれても、そうすれば俺達の結末も変わっていた。こんな……つまらない終わり方などしなかっただろう。
 何が愛しているだ。別れの挨拶もせずに俺の前から去ったというのに。何を今さら……何を、今更……」
「ごめんな」
 少年の中の亡霊が口を開く。泣きじゃくる最愛の人をそっと抱きしめ、背を撫でる。その昔、まだつまらぬ心の在処など気にもせず、無邪気にふれあっていた頃のように。
「許すわけがないだろう、馬鹿者め」
「馬鹿じゃない。ちゃんと考えたんだ。どうすればいいか、何をすれば守れるか。最後まで考えて、それで答えをだした。
 オマエも解っている筈だ。オマエにはもう、とっくの昔から俺なんて必要ないって。俺の支えも言葉も無くても、強く生きて行けるようになったって。解っているだろ?」
「わかりたくもない! 俺にはお前が必要なんだ!」
「我儘をいうな。お前は強いよ。ずっと見てたから、よく知ってる」
「そんなわけがない! 現に今だって、お前がいなくて、辛くて辛くてたまらない。抱きしめてくれるこの腕も、優しい声も、お前のものがいいと心が叫んでいる!
 俺だってずっと見ていた。お前が離れていく様を、生まれ変わるように強くなろうとしている姿を……触れぬように。視線を交わさぬ様に。気を付けながら、ずっと見つめていた。寂しいからだ。なにも、帰ってこないように見張っていたわけじゃない。
 いつか全てが丸く収まり、再びあの手を握れる日が来ると、信じていたから耐えることが出来たのだ。さもなくば俺など、俺なんて…………ソウド。愛しているんだ。いかないでくれ」
「俺も、愛しているよ、エッジ。オマエを守れて嬉しかった。元気でな」
 どんなに泣きわめいても、彼はもう帰ってこない。少年の中の亡霊が別れを告げた時、彼は確かに死人となった。過ぎた過去の記憶に埋没し、この世からいなくなる。
 なきじゃくる女神を胸の中であやしながら、少年はどこでもない宙を一心にみつめる。同情などしてはいけない。幾ら前世の恋人だとしても、出会ったのは今日が初めてなのだ。込み上げる愛しさを押し殺さねば、自分は別の誰かに変わり果ててしまうだろう。
 彼はもうここにはいないのだと教えるためにも、ただ薄情に泣き止むの待たねばならないのだ。
 たとえこんな終わり方でも、彼女がもう一つ前へ進めるように。

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