忍者ブログ

・・基本有言不実行・戯言駄文録・・・
04 2024/05 1 2 3 45 6 7 8 9 10 1112 13 14 15 16 17 1819 20 21 22 23 24 2526 27 28 29 30 31 06

05.05.22:27

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

  • 05/05/22:27

12.11.21:52

牢獄と親愛なるあなたへ

転生する世界







牢獄と親愛なるあなたへ

 冷たい風が吹き始めた初秋のある日のこと。しばらくぶりに保安本部に帰還した俺に、隊長は一つの紙束を差し出してきた。どこかの場所を示した本部の地図と、とある一連の事件に関する調査書。何かの報告だろうかと思ったが、趣味で保安部隊を手伝っているだけの自分にそんなことをすることは、今までにさほどなかった。おかしいなと思っていると、隊長は機械液晶を操作しながら、こう続けてきた。
「ジュニアが長期遠征で留守の間に、とある凶悪犯罪者が本部に輸送されてきました。神秘的な力が宿っているため慎重に扱うようにと各国の宗教家たちから言われています。ですが、事実として凶悪犯罪者。大量の人間を殺害しており、次に何をしでかすかは分かった物ではありません。そこで……」
「実際に神と繋がりがある俺に見極めてもらいたいって?」
「……そういうことです」
 ふーん、と興味の無さそうな相槌がこぼれる。神秘的な力というと神族関連なのは間違いないだろう。相手が神力をもっているかどうかを判断することは人間には難しい。もし本当に神力をもった者だとしたら、下手に死刑にでもすれば神の怒りを買ってしまうだろう。簡単なことだが、俺にしか頼めないような問題だ。断る理由も特にない。
「まぁいいよ。しばらくは大した用事もないし」
「ありがとうございます」
 犯罪者が留置されているのは本部の地下深くに作られた特殊牢獄だった。随分厳重な対処だと思うが、人智を超えた力を持つであろう重罪人であればこうなるのも無理はない。地下へと向かう前に何人かの看守に尋ねてみたが、皆一様に「危ないから近づくな」、「不気味なやつだ」などといっておびえていた。
 その中でも気になったのが「もう一月も食事を運んでいない」という点であった。元々食事を運んでも一口も食べなかったらしいのだが、だからといって給仕を放棄するなんてとんでもないことだ。さらには一か月も牢獄に人が立ち入っていないということにもなる。
 何も食べず、誰とも会わず、はたしてその人物は本当に今もその地下牢獄に存在するのだろうか。もしやすでに死んでいるのではなかろうか。そう思うと途端に行くのが嫌になってくる。しかし一度受けた依頼を断るのはよくない。
 俺が嫌々に地下へと続く階段の前に立ったのは、隊長と話した三日後の夕方のことであった。

 そこは、思った以上に暗い場所だった。まるでこの世の果てにでも続いているんじゃないかと思うような真っ暗闇の中へ、無骨な石の階段がのびていた。灯りが無い。窓が無い。太陽の光を微塵も感じさせないその空間は、何故か真冬のように冷たく乾いた空気が充満しており、わずかな血の匂いも混ざっているような気が。
 こんなところに本当に人がいるのだろうか? 疑問に思ったところで答えは返ってこない。いると言われたらいるのだろう。
 意を決して階段を一段ずつ降りて行く。ランプの灯りが心もとなくなる程、深い闇の中に降りた頃、壁や足元に冷たい霜が降りていることに気付いた。一段一段、降りれば降りるほど、どんどん気温が下がって行った。まさかと思って頭の上にランプをかざすと天井に氷柱ができていた。どうしてこんなに気温が下がっているのだろうか。元からそのように作られているわけでもあるまいし、こんな風になってしまう理由があるのだろう。だとしたらそれは、ここに囚われている誰かのせいなのかもしれない。
(隊員たちが不気味がっていた理由がなんとなくわかってきたなぁ)
 そうぼんやりと考えていると、階段の底に鉄格子の扉が現れた。やっと牢獄についたのかと一息つき、渡された鍵を使って扉を開けた。この扉も随分頑丈に作られているようだ。
 久しぶりの開けた空間に足を踏み入れ、手に持ったランプで辺りを照らす。歩くたびに凍りついた床がジャリジャリと音をたてた。しかし、それ以外に音は無い。人の気配もない。
「誰かいるのか?」
 部屋の真ん中は牢屋らしく、立派な鉄格子で仕切られている。歩み寄り、鉄格子の向こうを照らしてみたところ、突然ピカリとランプの光が反射した。突然の光に目を瞬かせながら観察していると、それが透き通った氷の塊であることがわかった。一体何だろう……すると、今まで無音だった世界に一筋の澄んだ音がとびだしてきた。
 パキリッ パキリパキリッ
 氷の割れる音だ。自分が踏みしめてきた、潰れて濁ったものではなく、純粋に冷たく透き通った、雪景色の美しさを凝縮したような、華麗な音だ。およそ、このような陰湿な場所にはふさわしくない。
 その音を頼りに視線を動かすと、氷の塊の中に何かを見つけた。人だ。それも自分と同じくらいか、または少し幼いかくらいの小さな少年が、氷の中で膝を抱えて眠っている。
「おい……生きてるのか?」
 おそるおそる声をかけてみるが、返事は無い。沈黙する少年の姿をまじまじと見つめていると、感じたことのない独特の不安がこみあげてきた。その冷たい表面に触れようと手を伸ばした。
 途端、氷の表面にヒビが入り、大きな音をたてて崩れた。カラカラとなる綺麗な音がやむと、氷の中にいた少年の体が、卵の殻を割るように露出していた。
 生きている。そんな確信が頭に浮かんだ。
 鍵束の中からもう一つの鍵を取り出し、牢屋の鍵を開けた。氷の張りついて硬くなった鉄格子の扉を動かし、牢屋の中へ恐る恐る入って行った。散らばる氷をジャリジャリと踏みしめて、眠る少年の前まで歩み寄る。
 改めて周りを見回しても、自分と少年の他にこの牢獄には誰もいなかった。だとしたら、この少年が噂の凶悪犯罪者なのだろうか。そんなばかな、と疑ってしまうのは、そばでうずくまる少年の寝顔があまりにあどけなく、寂しそうなものであったからだろう。これではまるで、被害者だ。
 もう一度手を伸ばし、今度こそ触れようとしたその時、少年の肩がピクリと動いた。そして、ずっと俯いたままだった頭がゆっくりと持ち上がった。顔を上げた少年は大きな瞳をぱちりと開き、寝ぼけた様子もなく、まっすぐに此方の顔を見つめてきた。その表情には起伏がなく、ただ眠っているまま目を開けただけのような、よくできた人形のような無機質さを感じる。しかし、どういうわけか、その顔から、いや、その瞳から、目が離せない。ランプの光に照らされながら、猫のように閃く琥珀色の瞳。印象的なその瞳を眺めていると、何かを思い出すような気がした。何か、忘れてはいけないはずの、何かだ。
(俺は、この少年に会ったことがある?)
 奇妙な感覚が電流の様に体の中を突き抜けて行った。
 以前に、ずっと昔に、こんな目をした誰かと出会っていたような気がした。それは誰だ。少なくとも目の前にいるこの小さな少年ではないだろう。彼と会ったのは、恐らく、いや間違いなく初めてなのだから。だとしたら、一体……
「どうしてお前がここにいるんだ?」
 ずっと黙っていた少年が口を開く。抑揚のない静かな声で、たずねてきた。
「どうしてって……オマエこそ、どうしてこんなところにいるんだよ」
 うわずった声で頼りなく問い返すと、少年は少しだけ目を閉じ、考えるようなそぶりを見せた。そして驚くほど冷静に、まるで他人事のように冷たく言葉を返す。
「罪人が牢にいて何がおかしい」
「おかしくはないけど……何があったってきいてるんだ」
「こんなところにいるということは、何も知らないわけではないだろう。俺は、人を殺したんだ。一人や二人ではなく、おびただしい数の人間を。大した理由もなく、己の意思一つで」
「それは悪いことか?」
「当たり前だ」
「こんなところに閉じ込められるくらい?」
「外に出るべきではない」
「でもオマエ……神なんだろ?」
 一目見た時からすぐに解った。人間ではない。魔族でもない。この少年は、まぎれもない純粋な神の一柱。それも、自分と限りなく立場の近い……神子だ。こんなところにいるはずの存在ではない。
「神は、神子はこんなところにいていい存在じゃないよな? もっと日の当たる場所で、祝福されて、尊敬されて、期待されるものだろ」
「生まれなど関係が無い。罪を犯したものは等しく罪人であり、罰されるべきだ」
「なんでそんなことを決めつけるんだ。まだ子供だろ? 悔やむことも、償うことも幾らでも出来るだろ?」
「子供なのはお前だ。何を我儘なことを言っている。そもそもお前は何をしに来た」
「俺は、オマエが何者なのかを見極めに来た」
 けれど、今はそんな頼みなどどうでもよかった。この小さな少年がこんなところで一人で蹲っていた事実で頭がいっぱいだった。ショックだったんだ。何がどうしてこんなに心が揺さぶられるのかわからない。相手が神子だからだろうか。それでも理由としては曖昧だ。どうして、どうしてこんなにも悲しいのか。
「保安部隊の隊長からオマエが神族の関係者かどうか調べてほしいって言われてきたんだ。此処に来てすぐにわかったよ。オマエはその辺の神族の端くれどころか、唯一無二の使命を持つ神子なんだろ? それが皆に伝われば、誰もオマエをこんなところに閉じ込めようと思わなくなるはずだ。だから……」
「随分酷いことを言う。勘違いしているようだが、俺は俺の意志でここにいることを良しとしている。誰かに指図されたところで、許されたところで出る気などない」
「どうしてだ? 罪を償う方法なら他にいくらでもあるんじゃないのか? こんなところにいても仕方ないだろ」
「こんなところだからこそできることがある。そもそもお前は何故初めて会った人間の肩をもつんだ。俺が今までにどれだけのことをしてきたのか、見もしないで。」
「大量殺戮、だよな?」
「それだけではない……決して」
 首を振られてもわからない。しかし知らないからと言って見過ごせるわけでもない。
「でもこのままじゃだめだろ? だめだってこと、わかるだろ?」
 警鐘が鳴り響く。このままじゃだめだ、だめになる。何がだめなのかとか、そういう細かい話はいい。きっと色々なものがおかしくなると第六感が告げている。
 氷の張った地下室の中だというのに冷や汗が頬を伝った。どうしてこんなにも必死なのか自分でもわからない。それでもとにかく必死になるべき場面だと思っていた。自分ではなく、今日知り合った赤の他人に。こんな、笑いも泣きもしない人形のような少年に……
 どうして、どうしてと自分でもわからないまま話は進む。
 少年は黙り、ずっと此方に向けていた視線を逸らす。
「……わからないわけではない」
 恐れているのか、まだ見ぬ未来の姿を。しかしここに閉じこもっているだけでは、未来すらも訪れないであろう。
「幸せになろうとすることを、怖がったりしちゃだめだ」
 諭すように静かに。心の底から、真っすぐに。
「やりなおそう。一人が怖いなら、俺と一緒に」
 もう一度少年に手を差し伸べる。少年はその手を見据え、目を細めた。見たくないものを見たように、奥歯を噛む。
「お前はいつも……そんなことばかり言う。あの時もそうだったな。外に出ようと言って、同じように手を差し出した。そんなこと、ずるいじゃないか。何も知らないくせに。何も覚えていないくせに。俺の前に現れて、未来を勝手に決めつける」
 少年は迷い、考える。差し伸べたまま触れてもらえない手が宙に浮き、しばしの沈黙が続く。やがてもう一度口を開く。
「幼きソウド、お前はなんという名だ?」
「ライディ、だけど」
「ライディ……良い名前だ。そうだな、ライディ。今日はもう帰るといい。恐らく俺もお前もこの状況に混乱している。日が変わった頃にでもまたここに来い。その時には返事が出来るようにしておく」
「……わかった」
 手を降ろし、彼の前からゆっくりと立ち上がる。
「なぁ、オマエの名前は?」
「エルグだ」
「エルグ。そっか、じゃあ……また明日な、エルグ!」
 そう言って俺は牢屋を立ち去った。
 彼を真っ暗な牢獄に一人残すことに酷い後ろめたさを感じたまま、必ずまた来ると心に誓って。

 彼は、あの暗闇の中で何を思って過ごすのだろうか。


 一人になった今ならば、強がる必要もなく素直に言える。怖かったとか、寂しかったとか。
 差し向けられた光と、照らされる彼の姿が眩しかった。心の底では求めていたのだろう。誰かの助けを。
 全て全て投げ捨てようと決めたのに、もうどこにもいかないと決めたのに。どれだけ心を凍らせても、ほんのかすかな誰かの体温で簡単に溶けてしまいたくなる。
 こんな何もない真っ暗な牢獄が私のいる世界の全てじゃないと囁き教えてくれる。世界はとても美しい。世界には優しさが溢れている。助け合い、求め合い、共に生きようと手を繋ぎ歩く世界の姿は美しい。
 愛しくなるから思い出さないようにしていただけだ。あの美しい世界に混ざりたい。そう願う気持ちに偽りはなく、今も心の中で輝きながら胸をつついている。思い出したくないからと蓋をした素直な気持ち。
 けれど、それ以上に恐ろしい。自分というモノがどこまでも信用できない。自分で自分につけた足枷が、どこにも行くなと重く地に沈む。
 輝かしい未来などありはしないのだと、幼稚な幻想など抱くなと。幸福など訪れない。欲しいものは何一つ手に入らない。そのくせお前は世界を脅かす。人の平和を、愛を、踏みにじる。生きるのがどこまでも下手くそで、害悪ばかりをまき散らす。ただ奪い、奪われるだけ。
 とっくの昔に心は絶望してしまった。
 だから諦めていた。それなのに、それなのに……
「どうしてお前は現れる」
 本当に辛い時に、何処にも行けずに泣きじゃくっている時に、そんな時に限って現れる。
 彼はまさしく希望だった。決して裏切ってはいけない、忘れることも出来ない憧れだった。どれだけ心を閉ざしても、世界でたった一人の親愛なるあなたの手ならば、とってもいいかと思ってしまえる。
 こんな自分だけど、甘えてもいいだろうか?
 もう一度、あなたと一緒にいることを、赦してくれるだろうか?
 


「さあ外に出よう!」
 一晩ぶりに現れた彼は、昨日よりも大きな灯りを背にしょって、俺の前に現れた。とても眩しかったが、目をそらすことが出来なかった。
 真っ白な灯りに照らされたいつもの牢獄は、見たことも無い色に染まっていた。
 彼はずかずかと俺の領域に、今度は迷わず入り込み、そのままパシリと俺の手を掴んだ。困惑する俺を笑顔で嘲笑い、何もかもお見通しと言わんばかりに語り出す。
「思ったんだけどさ。昨日はお互い、色々考えすぎてたと思うんだよな。けど、実際そんな難しい話じゃないと思うんだ。俺はエルグに外に出てほしいって思うし、エルグもほんとはそうなんだろ? だから迷うんだろ? だったらさ」
 手を引かれ、立ち上がる。少し背の高い彼の真っすぐな視線から目が離せない。
「俺が一緒にいてやる。何か失敗するようなことがあったら、俺が責任とってやる。そうやってまたやりなおそう」
 あっけらかんと、そんな夢のような言葉を口にする。
「何故だ。どうしてお前はそこまでする?」
「幸せになってほしいと思ったんだ。嘘じゃないぞ?」
「どうして……」
「たぶんきまぐれだ」
「バカな奴だ」
 もしも今俺に、彼に応えるだけの力があったなら、どんな顔をしていただろうか。泣くのだろうか、笑うのだろうか。この内から湧き出る気持ちは喜びともまた違う。
 つないだ手を伝って、人の体温のぬくもりが伝わってくる。もう随分長い間感じていないような気がした、しびれるような温かさだ。
 こんなにバカ正直に返されたら、思い悩んでいた自分もバカらしく思えてくる。もうどうでもいいやと、ほだされてしまう。これが「あたりまえ」というものなのだろうか。赦すとか、赦されるとか、そういうものがそもそも存在していないことをしらしめられる。
「ほら、行こうぜ!」
 そのまま一歩一歩歩き出した。
 牢を出て、部屋を出て、せまっ苦しい階段を上って行く。振り返らなかったわけではないけれど、それでも歩みは止まらなかった。
 そうやって階段を上りきり、重い鉄の扉を押しあけて、俺は彼と一緒に外へ出た。
 まるで別世界のように青白く光る夜の景色がそこにはあった。眩しいくらい真っ白な月の光が降り注ぐ。風は涼やかに頬を撫で、髪を揺らし、遠くへいく。風の行く先へ振り返っても、そこにはいつもの壁はない。
 世界は、どこまでも広く、美しく……涙が出るほど愛おしい。
 こんな素晴らしいところに、自分は今、あたりまえのように立っている。
 隣りにいる彼が笑って声をかけるのだ。
「なあ、エルグ」
 この期に及んで、まだ俺の絶望を脅かす。
「俺達いい友達になれると思うんだ」
「どこからそんな自信が湧いてくるんだ。会ったばかりだろう」
「でもそんな気がするって!」
「妙な奴だな。しかし……俺もそんな気がする」
「そっか。じゃあ、これからよろしくな」
「……よろしく頼む」
 その時俺は、やっと生まれ変わった気がした。彼のいる新しい世界で、もう一度多くの優しさに生かされるのだと思い知った。それはとても、嬉しいことだろう。
 ありがとう。


拍手[2回]

PR
URL
FONT COLOR
COMMENT
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
PASS

TRACK BACK

トラックバックURLはこちら