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・・基本有言不実行・戯言駄文録・・・
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05.16.08:39

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  • 05/16/08:39

12.05.03:32

ときめきの小雨がふるの


某所にあげていたひみつの現パロ







 梅雨も随分前に過ぎてしまった六月末日。夕暮れの図書館から出ると、にびいろの空に小雨がふっていた。
 天気予報の言った通りだ。少年は傘を開く。このくらいならさす必要はない気がするが、せっかく持ってきたのだから使えばいい。もっとふると思っていたのだが、そうそう勘も当たらない。
 少し濡れ始めたコンクリートの上。小さな小さな水溜まり。色のない灰色の雨。音もない静音の雨。傘にあたったのかもわからない、霧のような雨だけど、今晩は涼しげだから、風邪を引かせる罠かもしれない。
 周りを歩いてる人は一人もいなかった。偶然だろうか。必然だろうか。校舎の影にあたった電灯が、急に閃き光出す。
 もうすぐ一ヶ月。
 急な思い付きでこの学校に通い始め、もうすぐ一ヶ月になる。早いような、短いような、いやいや実際はとても長かった。
 自分の知らない高校生の日常には、素敵な刺激がある筈だと、どこかで幻想していた。実際はどうだ。何も変わらない。人は媚び、嘘をつき、享楽に群がる。皮肉っても仕方がない。これが自分の生まれ落ちた世界。
 少年は雨の中に立ち止まる。青い傘が暇を見つけてくるくる回る。手慣れたように、軽やかに。傘の端から雫が飛び散る。なるほど確かに雨はふっていた。
 ちゃぷりと何かが音を立てる。
 誰か歩いてる? 傘を浮かして広げた視界。その中に、その人がいた。
 それは一人の男子生徒だった。柔らかそうな髪をわずかに濡らし、傘もささずに図書館から歩いてくる。長袖のカッターシャツはじわりと透けて、少し薄めの肌の色が、ここからでもよくみえた。
 不思議な存在だった。なぜか目がはなせない。とても普通の男子生徒だった。それなのに。
 じっとその足どりを眺めていると、当然のように目があった。彼は一瞬だけこちらを見ると、すぐにまた正面をむいて歩きだす。
 学生寮に向かうのだろう。彼はどんどん近づいてきた。すぐ前を通りすぎようとした時、彼は急に立ち止まって、少年を見上げた。
「何を見ているんだ?」
 急に話しかけられて、少年は驚いた。なんて返せばいいのだろう。「貴方が気になってずっと見ていました」そんなことはとても言えない。
 近くでみると、自分よりずっと背が低い。成長の少し遅れた丸い童顔。長めの前髪の間で、ビー玉のような大きな瞳がつやりと光った。
 何か言葉はないかと探したが、それより先に手があがった。
 冷たい水の感触。ぺたりと滴る髪に手を乗せて、気付けばさらりと撫でていた。
 彼は何も言わない。
「あ、ご……ごめん!」
 急に我にかえる。恥ずかしくなって傘の中で頭を下げると、彼は首をかしげるだけだった。変なやつだと思われただろうか。
「傘は、持ってないのか?」
 少年が尋ねると、彼はこくりとうなずいた。朝は晴れていたからと、きまぐれな言葉をかえす。
「こんな雨でもあたってたら風邪引くぞ? 寮に行くなら傘、かそうか?」
 さぁ入れと傘をさしだす。少年はぎこちない笑顔で、なんて言われるか待ち構える。こんなことするつもりじゃなかったのにと、内側で困惑する。
「ありがとう」
 彼はあっさりと受け入れ、傘の中に入ってくる。
「俺が持とうか?」
 尋ねかえす彼に、かえす言葉がなかなか浮かばない。どうしてだろう、緊張してる。この人と一緒にいることに。
 結局何も言わずに持ち手をさしだす。彼は受けとると、自分と少年との間、頭の上に、高く傘をかがげる。少しそうしていたが、彼はすぐに傘を少年にかえした。
「お前が持っていた方がいい」
 肘をあげた姿勢が疲れると思ったらしく、彼は少し不服そう。
 受けとる時に指が少しふれあった。初めての接触。彼の冷たい体温が指先にあたり、じわりと体に染み込んだ。
 そのまま二人は歩きだす。無言で、彼はどこでもない前をむき、転ばないことだけを気にして黙々歩く。少年はときどき横に並ぶ彼をみて、どうしようかと焦燥する。
「見かけない顔だが、もしかして先輩だったのか?」
 声をかけられまた驚く。いつのまにか見上げていた少年の表情は、少し冷めてて固くって。どうやらそれが彼の表情だと気付くには、随分時間がかかったものだ。
「いや、一年だよ」
 軽い言葉でさらりとかえすと、彼もまた同じように軽くかえす。
「俺も一年だ。ということは外部生という者だな? 実物は初めて見るが」
「外部生っていうか、転校生だよ。六月始めにこっちに来たんだ」
 見慣れない顔に興味をもったらしい。少年にとって、それは嬉しいことだった。
「六月始め?」
「そうだよ」
「それじゃあお前が、噂の天才様なんだな」
「天才様?」
「みんなそう呼んでいる」
 あまり聞きたくなかった言葉が飛び出して、急に肩が下がる。気泡がわれるように、緊張の糸が溶けてしまった。
 黙る少年のことなど気にもせず、彼は黙々と噂を連ねる。仮面のようにはりついた表情が、少し憎らしく見えた。
「帰国子女の転校生がくる。なんでもできる天才で、運動も、勉強も、なんだっててきる。顔もよくて、性格もよくて、好かれやすいから、あっいうまに人気者。本を読んでいると、色々な言葉が聞こえてくる。しかし、最近はお前の話が多いため、煩わしい」
「好き勝手いってくれるよな」
「思っていたものと違う」
「え?」
 じっと顔を見つめられ、足が止まる。背筋が少し反り、傘が浮いて傾いた。はみ出したことに気づいた彼は、一歩踏み込み距離を縮めた。
 彼はまだ少年を見上げる。
「メアリーのような人物だと思っていた。実物はそうでもない。ちゃんと人間だ」
 それだけ話すと、彼はまた興味を失ったように正面に向き直ってしまった。また振り向いて欲しかったが、声をかける言葉が見当たらない。何を選ぶ必要があるのか、何を戸惑っているのか、いいから何か言えばいい。寮はもうすぐそこだった。
「俺ってそんな印象なの?」
 気になって気になって仕方がない、けれどきくのは遠慮がち。少しうわずった、いつもよりずっと頼りない声が出る。こんな態度がとれたのか。初めての感覚に戸惑うが、それは意外にも心地よい。
「いい人だ。傘も入れてくれた。しかし、変なやつだ」
 寮の門をくぐり、もうすぐ屋根の下。
「変? 俺が?」
「自覚がないのか?」
「……そうかもしれない」
 雨はまだあがらない。強くもならず、やみもせず。
「ありがとう」
 玄関で傘を畳むと、彼は最初と同じように言って、少しだけ頭を下げる。無機質な表情も、堅苦しい声のトーンも、何も変わってはいなかった。
「また今度、会ったらお礼をしよう」
「また会えるのか?」
「すぐに会える」
「すぐに?」
 何を根拠に答えるのか。
 それきり彼は寮の奥へ消えてしまった。
 階段の方……彼は何階までのぼるのか。どこの部屋に住んでいるのか。エレベーターは使わないのか。気になることは多かったが、知らなくてもいいことも多かった。
 早く体をふいた方がいい。いらぬ心配なんて浮かべながらエレベーターの降りるのを待つ。
 いったいどうしてしまったんだ?
 静かに上昇するエレベーターの中ででも、彼のことばかりが頭に浮かんだ。可愛らしい鼻をしていた。まつ毛も少し長かった。声変わりも遅れていて、自分なんかよりずっと高い。けれどしっかり男の子で、並んで傘に入ると肩が出る。文句も言わず歩いてくれた。
 自分の部屋に向かう途中、窓の外に彼の姿がちらりと見えた。渡り廊下を行く彼は、さっきと全く変わらぬ顔で、静かに消えてしまった。
 目がはなせなかった。
 そして気づく、やっと気づく。
 これが恋というヤツだ。

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