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・・基本有言不実行・戯言駄文録・・・
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05.17.16:28

夜光ー①


全5話構成予定
三代目ソウドとアゼロの出会い話








 町灯の一つもない真っ暗な山道を、一人の男が歩いている。月灯りの下、丈の長いコートに身を包んだ背の高いシルエットだけが、ぼんやりと闇の中に浮かび上がっていた。紐に吊るした大きな桶を背に担ぎ、軽くも重くもない足取りで山を下る。
 男は仕事を終えたばかりだった。後はこの首桶の中に詰め込んだ証拠を、依頼主に捧げるだけだという。
 腰にぶら下げた小刀が、男に語りかける。
「まだ帰らないのですか?」
「何処にだ?」
 小刀はそれきり一言も発さず、そのまま男は歩き続ける。麓の町が見えてくると、チカチカと静かにきらめく街明かりが男にも届いた。僅かに照らされ浮かび上がった表情は精悍で重々しい。ただ、その視線の先には何もなく、帰る場所も確かになかった。


【夜光】


 時計の針が真上を指す、深夜零時の酒場。夜更かしの得意な荒くれ者たちは、日付けが変わっても懲りずに酒をあおり、人でごった返したフロアーはやかましい音で溢れていた。笑い声、話し声、怒鳴り声、食器のぶつかり合う危なっかしい音もあれば、ドタドタと歩き回る物音や、あるいは歌声なども流れていた。あらゆるものが混ざり合い、それら全てが酒場という深夜の風景を創りだしていた。
 鳴り止まぬ喧騒の中、隅で独り静かにグラスを傾ける、あの男の姿があった。
 スッキリとした輪郭、整った高い鼻筋、堀が深く皺のない額。覆面かと思う程大きなサングラスで顔の大半を隠しているため、眼元や表情は窺えない。しかし残った部位だけでもその男の容姿が優れていることはよくわかった。
 席を並べる他の客たちは、男の細かい要所を勝手に観察してはヒソヒソと小声でさわぐ。自分が酒の肴にされていることに、男はスッカリと気付いていた。落ち着きなく左手の指でテーブルを小突き、イライラとフロアーの一角を真っ黒なサングラス越しに睨みつける。
 視線の先、大きなカウンターの前には全身を金色の甲冑で包み込んだ男が立ち、従業員らしき中年と何やら話をしている。中年の従業員は甲冑の話に適当な相槌をうちながら、睨みつける男の方を横目で伺いながらニヤニヤと笑っている。不愉快を全身で表すかのように椅子にもたれ掛り、腕と長い足を組んだ男を、チラチラニヤニヤと。何の意図があるのかはわからないが、良い気分になどなりはしない。背後の喧騒を含め、ストレスの海に喉まで浸かった男はついに我慢しきれず席を立つ。
 ガシャン。
 空になったグラスが小さく跳ねたその後に、フロアー中の人間の動きが止まった気がした。誰一人声を発さず、男は突如訪れた無音に驚き、バツが悪そうに周囲を見回す。静寂の波は店の入り口の方から押し寄せていた。それをわずかに感じ取った誰かが顔を向け、それにつられて次々と酔っ払いの視線が店の入り口に集まっていく。例外はなく、男もまたその空気に呑まれ、動きを止めていた。
 入り口の大扉はバックリと二つに開き、その間に堂々とした立ち姿の、誰かが立っていた。男の位置からではその全てが窺えない。しかし、嫌な予感がした。漆黒の絹織物がわずかに見えた。金と銀の装飾品が、薄暗い電球の下でギラリと、獣の牙のように閃いた。
 カツカツと軽く、鋭い足音がする。足音が迫る。
 男は他の客と同じように唖然とした表情を浮かべる。立ち上がったばかりの大きな体をぎゅっと屈め、その誰かの方を、じっと、やはり音も無く、凝視している。
「なんだ、ゴミばっかりじゃない」
 無音の店内に、男とも女とも判別しがたい綺麗な声が響いた。その声に誰もが聴き入り、耳を傾けた。男の背に汗がつたった。
 陽の一つも感じさせない、夜空の様な黒髪。陶磁器のような白い肌。人と人の間から微かに見えたその容姿には見覚えがあった。まるでこの世全ての美技を集結させて造り上げた人形のように完璧な、精巧な美しさ。つまらなそうにフロアー中の人間を見下す、満月の双眸。
 その金色と、目があった。
 男は即座に席を立ち、静寂にも構わず大音を立てながら「彼」の入ってきた扉と逆方面に設けられた従業員用の扉から店を出る。途中、甲冑が自分の後を追おうとしていたのを視界の端に捉えたが、構わず走り抜けた。
 店内の明明とした様子からは想像もできないほど店の外は静かだった。そこら中を漂っていた熱気が夜風にさらわれ消し飛んだ。雨でも降ったのか、ほんのりと湿った香りがする。路地を抜け、大通りを駆け抜ける。夜の街に人の姿はほとんど見当たらない。いたとしても、酔っ払って倒れている人や、俯いて静かに歩いている人、壁のない寝床でうずくまってる人くらい。その中に混じる自分は惨めだ。だがあの酒場よりははるかに居心地が良い。
 そんなことを考えながら、振り返りもせずに走り続け、やがて郊外の丘の上に建つ小さな灯台の麓にやってきた。男はここまで来れば大丈夫だろうと足を止め、丘の上から自分がさっきまでいた夜の街を見下ろした。旋回する灯台の光が思いの外眩しい。
「どうして逃げるの?」
 背後から声をかけられた。
 男はピクリと反応するだけで、さほど驚いた様子もなく振り返る。そこにはあの人形モドキが宙に浮くように立っていた。
「別に呼び戻そうなんてつもりは無いよ。さらっさらにね」
 美貌の彼は足音も無く歩み寄り、その端正な顔同士を併せるように男を見上げた。
「俺様はずっとアンタを探していたんだ」
 何も返さない男の態度が面白いのか、彼は灯台の逆光を浴びながらケラケラ笑う。見つめていた男の顔面を両手で鷲掴み、細い腕からは想像もできないほどの強い力で引き寄せる。鼻頭がぶつかるほど顔を近づけ、勢いで傾いたサングラスの下からこぼれ落ちた深緑の瞳を覗き込む。
「なるほど、確かに美男だね。でも俺様ほどじゃない。そう、俺様は世界で一番美しい、最高傑作だ。そうだろう?」
「そのご尊顔に唾でも吐いてやろうか?」
「はっ、とんでもないね」
 要は済んだとばかりに男の胸を拳が押しやり、距離を離す。
「なぜ探してた?」
 男は簡潔に問いかける。
「アンタこの辺りじゃ有名人だよ? 身の丈ほどの喋るの得物を持った凄腕の賞金稼ぎ。それよりも俺様は、一目見た誰もが感銘を受けるほどの美丈夫、ってところが気になったんだけどね。でもまさか、それがアンタのことだったなんてね。名前くらい聞いておけばよかった」
「オマエの方が美人だ。満足したか?」
「いや、全然」
 男はチッと聞こえるように舌打ちする。それにも構わず彼は話を続ける。
「探し当てたのがよりにもよってアンタだっていうなら、俺様はもっとアンタのことを知らなきゃいけない。だってそうでしょう。俺様が奇跡なら、アンタは真理だもの。理解し、追求し、蹂躙しなきゃあ気が済まない」
 演説のように声を張り上げる話半ばな彼に背を向け、来た道を引き返すように歩き出す。
「あれー、無視するの? まぁいいや、オヤスミ! また明日会おうね」
 嫌な一言を最後に付け足され、思わず振り返るとそこにはもう彼の姿は無くなっていた。
 めんどくさいことに巻き込まれてしまった。彼がいなくなっていたことで険しかった表情が僅かに緩む。額に手を当て、右手で顔を覆って考え込む。それでもやがて、無気力任せにどうでもよくなって、頭の端に酒場に置いてきた相棒のことが気になるようになっていった。それからどうするか、明日はどうするか、仕事はどうなっているか、展望の無い目先の生活課題が浮かんでは消えていく。最近、こんなのばっかりだな。
 男は溜め息をつく。そのまま丘を降りながら、またぼんやりと街の景色を見下ろした。真っ暗な街並みに民家の灯りは無く、代わりにチラホラと照るのは民宿や深夜まで開いている店の看板くらいだった。
 ほんの少しだけ、心が軽くなった。


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