01.08.15:38
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06.28.02:52
夜光A(暫定) 途中書き1
時計の針が真上を指す、深夜零時の酒場。夜更かしの得意な荒くれ達は、日付が変わっても懲りず飲み続け、人でごった返したフロアーは喧しい音で溢れていた。笑い声、話し声、怒鳴り声、食器のぶつかり合う危なっかしい音もあれば、ドタドタを歩き回る物音や、歌声なども流れる。あらゆるものが混ざり合い、酒場という深夜の風景を創りだしていた。
09.06.06:28
猫と転生と、あの幸福なる日々
少し青みがかった灰色の毛並み。丸くて大きな幼い瞳。溶けてべちゃべちゃになった雪の上を、細くたどたどしい足取りで、一生懸命歩いてくる。
猫は傘の下までやってくると、俺の足にすりよった。何が気に入ったのか知らないが、俺にはそれがとても嬉しそうにみえた。
猫がでてきた電灯の裏には、よれよれになった粗末な段ボールが置いてあった。書き置きも何もない。
猫なんて興味をもったことがなかった。けれどその時は、気付いたら体が動いていた。泥だらけでびしょ濡れの小汚ない猫を抱き上げ、腕の中でそっとあやしてみた。
首の裏をちょいちょいと指の先で撫でると、猫は気持ち良さそうに目を細めた。
猫の首には、錆びた鎖のような首輪が巻かれていた。
捨て猫だ。言うまでもない。
嬉しかった。この猫を自分のそばにおいておきたいと思ったからだ。
同情ではない。哀れみではない。
ただ自分にとって、かの小さな猫が必要だと勘づいていた。
猫は俺の腕の中で、一言も鳴かず、じっと俺を見上げていた。
猫は小さかったが、仔猫という程でもなかった。衰弱していたためか、動きはとても頼りない。しかし体は意外としっかりしていて、しばらくしたら元気になるだろうと、勝手に想像していた。
とりあえず体を洗ってあげようと思い、風呂場に連れていく。猫は熱いお湯を嫌がった。少ない体力で嫌々抵抗する姿が可哀想にみえたので、お湯を温くしてやった。すると途端に大人しくなり、眠るように耳を垂れて身を任せてきた。
動物をこんなに触るのは初めてだったから、色々心配なことが多かった。風呂場からあげた猫をタオルでくるみ、脱衣所のかごの中に入れておく。自分もさっさとシャワーを浴びて出てくると、猫は瞼を閉じて動かなくなっていた。
もしかして死んだんじゃないかと不安になって抱き上げると、さっきよりずっと暖かい。小動物の鼓動が素肌から伝わってくる。
どうやら眠ってしまっただけらしい。
猫をかごにそっと戻し、いそいそと部屋着に着替える。
もう一度抱き上げて部屋に戻る。猫を寝かせられる場所はないかと見回してみたが、そう都合のいいものは見当たらない。さっきのかごでいいかとも思ったが、なんだか違う気がしたからベッドに寝かせた。三つに折ったハンドタオルを上にかけ、そっとそばを離れる。
悪い待遇を与えていないかやっぱり不安になったので、パソコンで飼い猫のサイトを見て回る。色々見ている間に、冷蔵庫の中身を思い出してみた。近頃は料理でも材料の少ない簡単なものしかしていなかったため、猫に与えられるようなものは思い当たらなかった。いつかに買った刺身は……悪くなっているだろうからやめよう。
気付いたら随分と時間がたっていて、時計をみると真夜中になっていた。猫はまだ寝ていた。
いつ起きるからわからないけれど、そうしたらまず餌を食べさせるべきだと思った。コンビニならこの時間でもやってるし、猫缶くらいはあるだろう。外出する気なんてろくになかったため、かけてあった厚手のコートだけ羽織ることにした。
ベッド際のスタンドライトだけつけて、部屋の電気を消す。ポケットに財布があることを確認してから外に出た。鍵はかけなかった。
ちらちらと降っていた雪はやんでいた。
「にゃー、にゃー」
帰ってくると、猫の泣く声がした。
出掛けている間に起きてしまったのかとばつが悪い気持ちになる。部屋の電気をつけると、タオルを蹴っ飛ばした猫が、ベッドの上をよたよたと歩き回っていた。俺が帰ってきたことにやっと気付くと、また「にゃーにゃー」鳴きながら向かってくる。ベッドから落ちそうになったので、思わず靴をはいたままかけよってしまった。
部屋は泥だらけになってしまったが、猫は嬉しそうだった。
どれがいいかと悩んで買った、一番高い缶詰めを皿によそい、猫の前に出してやる。猫は好き嫌いなく黙々とごはんにかじりつき、あっという間に平らげてしまった。物足りなそうに皿をなめている。よっぽどお腹がすいていたんだろう。
いくつか買った猫缶をまたあけてしまおうかと思ったが、与えすぎもよくないと思って躊躇する。
結局やめておくことにしたので、申し訳なさを頭を撫でて誤魔化してやったら、猫はすんなりと機嫌をよくした。
ふと猫の首に巻かれた首輪が目に入った。金のメッキが剥がれた鉄の鎖は、なんだか気分が悪かった。所々赤く錆びていて、皮膚にもよくない。
猫の体を軽く抑え、空いた手で首輪の外し方をあれこれさぐる。しかしなかなか外れない。着脱用の金具が駄目になっていて、鎖を壊しでもしないと外すことができない。
あんまり触りまくっても猫に悪いと思ったので、今日は諦めることにした。
ごはんを食べて満足した猫は、またうつらうつらと微睡み始める。再びベッドに寝かせて、タオルをかける。そこでふと、自分の寝る場所がないことに気づく。馬鹿な話だと自嘲したが、それでも一緒に寝たら押し潰してしまいそうでやめておきたかった。
仕方ないからベッドから毛布だけ持ち出して、少し離れたテレビ前のソファに寝転がった。
その日はそれでおしまいだった。
夢をみた。綺麗な綺麗な夢だった。
この世の幸福をかき集めたような、それはそれは幸福な夢だった。
一面の雪景色。降り注ぐ淡い陽光。そよ風、花の香り。水の音。
その中に、誰かが独りで立っていた。
誰だろう。
柔らかな髪を風に靡かせ、その人は、此方を振り向いた。
その人は微笑み、優しく微笑み、白い腕を此俺に差し出した。そっと掲げられた手のひらに、自分の手を重ねる。暖かかった。
繋げられた手を引くと、その人は胸の中に倒れ込んだ。
「―――」
その人は胸のなかでそう囁いた。聞き慣れない言葉で、意味はわからなかった。
ただその人は、嬉しそうに笑い、そのまま眠りについた。
涙がこぼれた。
「―――」
目が覚めると朝だった。
寝起きながらに、なんでソファに寝てるのかと考えてしまったが、理由はすぐに思い出せた。
胸のあたりが暖かい。被っていた毛布をどけると、昨日の猫が腕の中ですやすやと寝ていた。ベッドに寝かせた筈なのに。
体を起こし、またベッドに連れていこうとすると、猫は目を覚ましてしまった。寝ぼけ眼で、ちろちろと手の甲をなめてくる。
これから毎日潜り込まれてはたまらない。
毎日……
そこで猫に名前をつけていないことを思い出す。いつまでも猫と呼ぶのは、なんだか可哀想だ。
猫の顔をじっとみながら、どうしようかと考える。猫はこてんと首を傾けて、不思議そうにする。
ふと、さっきまでみていた夢の情景を思い出した。その中で、俺とあの人はどんな会話をしていただろう。
腕の中で眠りについたあの人を、俺は、最後になんと呼んでいたか。
「―――?」
じっと猫の大きな瞳をみつめるうちに、自然と不思議な言葉がこぼれた。
「にゃー」
猫は一声あげて、俺に答えた。
03.02.04:57
春風監禁
12.22.03:31
君を忘れたくないだけなのに
君のいない真昼の世界で、どれだけたくさんの夢を見てきただろう
06.01.23:33
臆病
純白の石膏で出来た大地に赤が落ちる。鉄の香りに錆びた醜悪が滲んでいく。美しい白が、見る間にその純潔さを失っていく、奪い取られていく。これは強奪、つまり悪行である。そして冒涜だ。ソウドは心の中で、何度も唸った。こんなことはあってはならない。
「もういいだろ。」
白と赤の間、その桃色の境界に立つ男に、ソウドは語りかけた。色の無い瞳で、どこか遠くを、ただ見詰めているだけの彼を、見ていられなかったからだ。
「そうだな。もうここには、することがない。」
ひどく冷たい言葉が返ってきた。単調で、無機質で、平坦な。
彼の目的はどこまでも明朗だった。それは機械的とまで言えるほど単純で、けれどまだ人の触れる音が残っている。喩えるならば、機織り機。そこに自意識なんてものがあるはずがない。ただそれを動かす意思が、彼という存在なのだ。
「どうしたんだ、そんな顔をして。」
男はくすりと笑う。ソウドはその姿を一心に見つめる。そして思うのだ。
『オマエはまた、そうやって笑うんだな。』
無言の内、唇のすぐ裏側まで湧き上がって来た想いを、もう一度身体の奥へと押し流す。潮の満ち引きのように、こんなことを何度も何度も繰り返すのだ。飽きることなどない。そんな日が来ることを、密かに願っていることからも目をそらし。
「帰ろう。」
ソウドはもう一度提案した。
「あぁ、帰ろう。」
床に散らばった赤が、ぶわりと一つ震え、蒸発した。大気が一瞬だけ、紅色に染まる。次に広がる真っ白な光景。石膏と大理石で硬く敷き詰められた白の床。暗雲立ち込める曇り空。ふわふわと降り注ぎ、地に落ちる前に溶けて消える、小さな吹雪。こうふくの白。戦争は終わったのだ。平和という褒美を腕いっぱいに抱え、多くの憎しみを足元に散らかしたまま。
生き物達の歓声が聞こえた。咽び泣く声が聞こえた。そして、怒号。
「神よ、主よ、何故私たちを見捨てるのだ!!」
恨めしい。憎らしい。
そんな言葉があることは知っている。その言葉が全てでないことを知っている。男が何を望んでここに立っているのかも、知っている。知っているのに、何もしない。それなのに言ってしまうのだ。
「エッジ。俺はオマエの味方だ。どんな時でも、絶対にオマエを裏切らない。」
言うまでもない、言うまでもないことだ。だけど、言わなくてはならない。
「ありがとう、ソウド。」
彼に言葉が届かない。
それでも繰り返すのは、彼の一声が欲しかったからだ。愛する自信も、勇気も無い。愛される自信も、勇気も無い。だからその言葉が欲しいのだ。
なんて情けなさだと、自分自身を罵倒するために。