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・・基本有言不実行・戯言駄文録・・・
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05.15.19:31

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  • 05/15/19:31

06.28.02:52

夜光A(暫定) 途中書き1

 町灯の一つもない真っ暗な山道を、一人の男が歩いている。月明かりの下、丈の長いコートに身を包んだ背の高いシルエットだけが、ぼんやりと闇の中に浮かび上がっていた。紐に吊るした大きな桶を背に担ぎ、軽くも重くもない足取りで山を下る。
 男は仕事を終えたばかりだった。後はこの首桶の中に詰め込んだ証拠を、依頼主に捧げるだけだという。
 腰にぶら下げた小刀が、男に語りかける。
「まだ帰らないのですか?」
「何処にだ?」
 小刀はそれきり一言も発さず、そのまま男は歩き続ける。麓の町が見えてくると、チカチカと目映い夜光の明かりが男にも届くようになっていった。浮かび上がった男の表情は精悍で重々しい。ただ、その視線の先には何もなく、帰る場所も確かになかった。


【夜光】


 時計の針が真上を指す、深夜零時の酒場。夜更かしの得意な荒くれ達は、日付が変わっても懲りず飲み続け、人でごった返したフロアーは喧しい音で溢れていた。笑い声、話し声、怒鳴り声、食器のぶつかり合う危なっかしい音もあれば、ドタドタを歩き回る物音や、歌声なども流れる。あらゆるものが混ざり合い、酒場という深夜の風景を創りだしていた。
 鳴り止まぬ喧騒の中、隅で独り静かにグラスを傾ける、あの男の姿があった。
 スッキリとした輪郭、整った高い鼻筋、堀が深く皺のない額。マスクかと思う程大きなサングラスで顔の大半を隠しているため、眼元や表情は窺えない。しかし残った部位だけでもその男の容姿が優れていることはよくわかった。
 席を並べる他の客たちは、男の細かい要所を勝手に観察してはヒソヒソと小声でさわぐ。自分が酒の肴にされていることに、男はスッカリと気付いていた。落ち着きなく左手の指でテーブルを小突き、イライラとフロアーの一角を真っ黒なサングラス越しに睨みつける。
 視線の先、大きなカウンターの前には全身を金色の甲冑で包み込んだ男が立ち、従業員らしき中年と何やら話をしている。中年の従業員は甲冑の話に適当な相槌をうちながら、睨みつける男の方を横目で伺いながらニヤニヤと笑っている。不愉快を全身で表すかのように椅子にもたれ掛り、腕と長い足を組んだ男を、チラチラニヤニヤ見据えてくる。何の意図があるのかはわからないが、良い気分になどなりはしない。背後の喧騒を含め、ストレスの海に喉まで浸かった男はついに我慢しきれず席を立つ。
 ガシャン。
 高音が跳ねたその後に、フロアー中の人間の動きが止まった気がした。誰一人声を発さず、突如訪れた無音に驚き、周囲を見回す。静寂の波は店の入り口の方から押し寄せていた。それをわずかに感じ取った誰かが顔を向け、それにつられて次々と酔っ払いの視線が店の入り口に集まっていく。例外はなく、男もまたその空気に呑まれ、動きを止めていた。
 入り口の大扉はバックリと二つに開き、その間に堂々とした立ち姿の、誰かが立っていた。男の位置からではその全てが窺えない。しかし、嫌な予感がした。漆黒の絹織物がわずかに見えた。金と銀の装飾品が、薄暗い電球の下でギラリと、獣の牙のように閃いた。
 カツカツと軽く、鋭い足音がする。足音が迫る。
 男は他の客と同じように唖然とした表情を浮かべる。立ち上がったばかりの大きな体をぎゅっと屈め、その誰かの方を、じっと、やはり音も無く、凝視している。
「なんだ、ゴミばっかりじゃない」
 無音の店内に、男とも女とも判別しがたい綺麗な声が響いた。その声に誰もが聴き入り、耳を傾けた。男の背に汗がつたった。
 陽の一つも感じさせない、夜空の様な黒髪。病的な程白い肌。人と人の間から微かに見えたその容姿には見覚えがあった。まるで精巧な人形のように完璧な美しさ。つまらなそうにフロアー中の人間を見下す、満月の双眸。
 その金色と、目があった。





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09.06.06:28

猫と転生と、あの幸福なる日々

 ある雪の夜、電灯の薄暗がりの下。寒さにふるえ、こちらを見上げる小さな猫がいた。
 少し青みがかった灰色の毛並み。丸くて大きな幼い瞳。溶けてべちゃべちゃになった雪の上を、細くたどたどしい足取りで、一生懸命歩いてくる。
 猫は傘の下までやってくると、俺の足にすりよった。何が気に入ったのか知らないが、俺にはそれがとても嬉しそうにみえた。
 猫がでてきた電灯の裏には、よれよれになった粗末な段ボールが置いてあった。書き置きも何もない。
 猫なんて興味をもったことがなかった。けれどその時は、気付いたら体が動いていた。泥だらけでびしょ濡れの小汚ない猫を抱き上げ、腕の中でそっとあやしてみた。
 首の裏をちょいちょいと指の先で撫でると、猫は気持ち良さそうに目を細めた。
 猫の首には、錆びた鎖のような首輪が巻かれていた。
 捨て猫だ。言うまでもない。
 嬉しかった。この猫を自分のそばにおいておきたいと思ったからだ。
 同情ではない。哀れみではない。
 ただ自分にとって、かの小さな猫が必要だと勘づいていた。
 猫は俺の腕の中で、一言も鳴かず、じっと俺を見上げていた。



 猫は小さかったが、仔猫という程でもなかった。衰弱していたためか、動きはとても頼りない。しかし体は意外としっかりしていて、しばらくしたら元気になるだろうと、勝手に想像していた。
 とりあえず体を洗ってあげようと思い、風呂場に連れていく。猫は熱いお湯を嫌がった。少ない体力で嫌々抵抗する姿が可哀想にみえたので、お湯を温くしてやった。すると途端に大人しくなり、眠るように耳を垂れて身を任せてきた。
 動物をこんなに触るのは初めてだったから、色々心配なことが多かった。風呂場からあげた猫をタオルでくるみ、脱衣所のかごの中に入れておく。自分もさっさとシャワーを浴びて出てくると、猫は瞼を閉じて動かなくなっていた。
 もしかして死んだんじゃないかと不安になって抱き上げると、さっきよりずっと暖かい。小動物の鼓動が素肌から伝わってくる。
 どうやら眠ってしまっただけらしい。
 猫をかごにそっと戻し、いそいそと部屋着に着替える。
 もう一度抱き上げて部屋に戻る。猫を寝かせられる場所はないかと見回してみたが、そう都合のいいものは見当たらない。さっきのかごでいいかとも思ったが、なんだか違う気がしたからベッドに寝かせた。三つに折ったハンドタオルを上にかけ、そっとそばを離れる。
 悪い待遇を与えていないかやっぱり不安になったので、パソコンで飼い猫のサイトを見て回る。色々見ている間に、冷蔵庫の中身を思い出してみた。近頃は料理でも材料の少ない簡単なものしかしていなかったため、猫に与えられるようなものは思い当たらなかった。いつかに買った刺身は……悪くなっているだろうからやめよう。
 気付いたら随分と時間がたっていて、時計をみると真夜中になっていた。猫はまだ寝ていた。
 いつ起きるからわからないけれど、そうしたらまず餌を食べさせるべきだと思った。コンビニならこの時間でもやってるし、猫缶くらいはあるだろう。外出する気なんてろくになかったため、かけてあった厚手のコートだけ羽織ることにした。
 ベッド際のスタンドライトだけつけて、部屋の電気を消す。ポケットに財布があることを確認してから外に出た。鍵はかけなかった。
 ちらちらと降っていた雪はやんでいた。



「にゃー、にゃー」
 帰ってくると、猫の泣く声がした。
 出掛けている間に起きてしまったのかとばつが悪い気持ちになる。部屋の電気をつけると、タオルを蹴っ飛ばした猫が、ベッドの上をよたよたと歩き回っていた。俺が帰ってきたことにやっと気付くと、また「にゃーにゃー」鳴きながら向かってくる。ベッドから落ちそうになったので、思わず靴をはいたままかけよってしまった。
 部屋は泥だらけになってしまったが、猫は嬉しそうだった。
 どれがいいかと悩んで買った、一番高い缶詰めを皿によそい、猫の前に出してやる。猫は好き嫌いなく黙々とごはんにかじりつき、あっという間に平らげてしまった。物足りなそうに皿をなめている。よっぽどお腹がすいていたんだろう。
 いくつか買った猫缶をまたあけてしまおうかと思ったが、与えすぎもよくないと思って躊躇する。
 結局やめておくことにしたので、申し訳なさを頭を撫でて誤魔化してやったら、猫はすんなりと機嫌をよくした。
 ふと猫の首に巻かれた首輪が目に入った。金のメッキが剥がれた鉄の鎖は、なんだか気分が悪かった。所々赤く錆びていて、皮膚にもよくない。
 猫の体を軽く抑え、空いた手で首輪の外し方をあれこれさぐる。しかしなかなか外れない。着脱用の金具が駄目になっていて、鎖を壊しでもしないと外すことができない。
 あんまり触りまくっても猫に悪いと思ったので、今日は諦めることにした。
 ごはんを食べて満足した猫は、またうつらうつらと微睡み始める。再びベッドに寝かせて、タオルをかける。そこでふと、自分の寝る場所がないことに気づく。馬鹿な話だと自嘲したが、それでも一緒に寝たら押し潰してしまいそうでやめておきたかった。
 仕方ないからベッドから毛布だけ持ち出して、少し離れたテレビ前のソファに寝転がった。
 その日はそれでおしまいだった。



 夢をみた。綺麗な綺麗な夢だった。
 この世の幸福をかき集めたような、それはそれは幸福な夢だった。
 一面の雪景色。降り注ぐ淡い陽光。そよ風、花の香り。水の音。
 その中に、誰かが独りで立っていた。
 誰だろう。
 柔らかな髪を風に靡かせ、その人は、此方を振り向いた。
 その人は微笑み、優しく微笑み、白い腕を此俺に差し出した。そっと掲げられた手のひらに、自分の手を重ねる。暖かかった。
 繋げられた手を引くと、その人は胸の中に倒れ込んだ。
「―――」
 その人は胸のなかでそう囁いた。聞き慣れない言葉で、意味はわからなかった。
 ただその人は、嬉しそうに笑い、そのまま眠りについた。
 涙がこぼれた。
「―――」



 目が覚めると朝だった。
 寝起きながらに、なんでソファに寝てるのかと考えてしまったが、理由はすぐに思い出せた。
 胸のあたりが暖かい。被っていた毛布をどけると、昨日の猫が腕の中ですやすやと寝ていた。ベッドに寝かせた筈なのに。
 体を起こし、またベッドに連れていこうとすると、猫は目を覚ましてしまった。寝ぼけ眼で、ちろちろと手の甲をなめてくる。
 これから毎日潜り込まれてはたまらない。
 毎日……
 そこで猫に名前をつけていないことを思い出す。いつまでも猫と呼ぶのは、なんだか可哀想だ。
 猫の顔をじっとみながら、どうしようかと考える。猫はこてんと首を傾けて、不思議そうにする。
 ふと、さっきまでみていた夢の情景を思い出した。その中で、俺とあの人はどんな会話をしていただろう。
 腕の中で眠りについたあの人を、俺は、最後になんと呼んでいたか。
「―――?」
 じっと猫の大きな瞳をみつめるうちに、自然と不思議な言葉がこぼれた。
「にゃー」
 猫は一声あげて、俺に答えた。

 

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03.02.04:57

春風監禁

 
 何も見てはいけない 何も聞いてはいけない 何一つ知ってはいけない
 あなたに降り注ぐ罵倒を、嘲笑を、愛情を、希望を 何もかも知らぬまま、何もかも感じぬまま
 ただ一つの静かなぬくもりの中で もう二度と傷つくことの無いように
 愛する者に触れることすらできない臆病者の愛情は、貴方を縛り付け、この小さな一室に閉じ込めた
 柔羽の寝具に横たわり、純白のシルクで包み込んで 傷一つつかぬよう、そのかすかな麓に綿花をしく
 水晶の鎖が自由を縛り、装飾された金の首輪と揃いの手枷が決意を奪う
 薄布でやさしく閉ざされた両の瞳 ひっそりと閉ざされた無音の世界
 春色の微睡が貴方を包み込む
 そう、この世界には何もない 貴方は何も欲さなくていい 貴方は何もしなくていい
 貴方はただ繰り返せばよいのだ
 朝の日差し、草原の風、野花の芳香、春のぬくもり 淡色の世界はいつも貴方を優しく包み込む
 貴方はその身全てで世界の恵みを授かり、深き親愛を受け止めていればいい
 決して見聞きしてはならない 思い出してはいけない 貴方の愛する世界が醜い牙を剝くことを
 気付いてはならない 貴方の傍にじっと一つの鬼が寄り添っていることに
 血と涙で濁った床を見れば、きっと優しい貴方は心を痛めてしまう
 貴方のすべてを奪い取ったこの鬼は、貴方の傍らで、昼夜懺悔の言葉を繰り返す
「幸福にしてあげたい」
 たった一つの些細な願いすら叶えられない弱虫が、どうしてこんな、馬鹿な救いを求めてしまったのだろうか
 貴方を抱きしめる勇気もないのに
 貴方を愛する権利もないのに
 貴方に応える決意もないのに
 本当なら いますぐにでも その無垢な唇に噛みつきたい
 柔らかい髪をかき上げて、優しく撫で上げて 「好きだ」と一言貴方に告げたい
 出来ないことだと解っている 何度も何度も繰り返す 葛藤は何度でも、何度でも訪れる
「貴方を私だけのものにしたい」
 誰にも触れさせない 傷つけさせない 貴方は私だけを見ていればいい 私と貴方の世界でなら、きっと貴方は幸福になれる
 けれど
 私は
 臆病者だ
「そこにいるのだろう?」
 貴方は瞳を閉じたまま、か細く、静かに囁いた
「手を握ってくれないか」
 まるで死人のように かすかに唇が揺れるだけ
 とくとくと聞こえる小さな心音 貴方のものか 私のものか
 私はそっと手を伸ばす
 冷たく乾いた手の平に、熱く湿ったそれを重ねる 冷えた風が、温かい炎は、体の奥までそっと染み渡っていく
「――ありがとう」
 貴方は唇を綻ばせ、優しく微笑んだ そのまま何も告げず 私はそっと、冷たく慈悲深い神の手を握り続けた
 白い手首に朱色の痕が沈み込む 手首の黄金に嵌められた、空色の宝石がさらりと一度だけ閃いた
 そっと握りしめた手の平は、徐々に力をゆるめていき ついには宙に浮くかのように、私の両手の上で眠りについた
 責めるでもなく 羨むでもなく まるで自らの不幸に気付かぬように
 嗚呼、それでも貴方は私達を愛してくれる
 ただただ恋しむのだ 深き愛情を 恵みを与えてくれる、貴方の愛する美しい世界を
 どれだけ世界が薄汚れていようとも 醜く腐りきっていようとも 貴方はそれを美しいと慈しむのだ
 愛が欲しいから 愛が欲しいから
 冷たい拘束具に囲まれて 何もない虚無の時空に浮かびながら 希望も、絶望も、決意も、幸福も 全て全て奪われてなお
 愛が欲しいから 愛が欲しいから
「貴方の傍にいさせてください」
 応えることなど出来ないけれど 愛すること等出来ないけれど
 せめて
 この薄汚い手の平で、臆病者の卑しいぬくもりで、貴方の愛(孤独)が癒せるのなら
 



 

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12.22.03:31

君を忘れたくないだけなのに



君のいない真昼の世界で、どれだけたくさんの夢を見てきただろう
笑って、泣いて、怒って、笑って
たくさんの幸せに囲まれて こんなにも満たされて 嗚呼なんて贅沢なことだろう
誰かの幸せを願うことができたあの日を覚えているよ
君は知らないだろうけど、私は君のいない世界で、変わらず夢を見ていられる
そんな時が来たのだ そんな時が、この私にもきてしまった
もう一生、そんなことはないと思っていたのにね
君の幸福を奪った私が、君の死に際を見届けることしか出来なかった私が
幸せになれる日がくるなんて
信じられる?
ねぇ、笑っちゃうよね
君はそう、何時も何も言わない だって、死んでるんだよ?
でもきっと、生きていたら言ってくれるよね
「よかったね」って 「私も嬉しい」って
君は優しいからそう言ってくれる
でも私には、あなたの言葉の奥底がよく解る
この鼓動が止まってしまったのはそのためだよね
私がおいて行かれてしまったのは、君の心を知ってなお、動くことが出来なかったから
優しい君が好きだった 誰よりも愛しいあなたに、美しいままでいてほしかった
どうしてだろう 私はこんなにも、こんなにも君を愛していたのに
どうして君を幸せにしてあげられなかったのだろう
君を見捨てた私が、どうして未だに息をしているのだろう
殺人者を 仇討て
君を殺した私を、私は決して許してはならない
死など最も生ぬるい 逃がさない どこまでも追いかけてやる
地獄の淵の崖の底で串刺しにしてやるんだ
君が死んだあの時に 君の眠る姿を見上げたその時に
私は私に地獄への訪問を欲求したのだ
苦しめ仇討だ 二度とこの世に無様な面を晒すな
貴様の笑顔なんて、私が見たくない
笑うな、笑うな、笑うな、笑うな、
何が楽しいんだ? 君を殺したのは私だ
「私が死んだのは私のせいだ」
そんなことは解っているよ 何時だって自分を追い詰めるのは自分自身だ
「君は幸せになっていいんだよ」
君がそういうことも解っているんだ
「どうしてこんなことを続ける」
あなたは私 私はあなた
「どうして?」
 
 
君を忘れてしまいそうなんだ
 
 
「怖いの?」
怖いよ だって、それは死ぬってことだ
「そんなことは妄想さ」
解ってる 何度も問いかけている
「逃げてもいいんだよ」
それ以上に逃げたくないんだ
「私の分まで、笑って欲しいんだ」
君を殺した私に、そんな権利を与えたくない
「わがままだね」
こんな私を、君は赦してくれるのだろうか
「赦さないよ 絶対に」
 
 
朝が来た また朝が来た
日が昇る 起き上がり、外に出る 鳥のなく声 金色の曙
君が眠る、冷たい氷の世界に朝が来る
ただ一つ取り残された生命に、希望の光を届けにやってくる
 
あなたの愛が罪となる あなたの愛が罰となる
君を忘れたくないだけなのに 世界がそれを赦さない
 
 

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06.01.23:33

臆病

  

純白の石膏で出来た大地に赤が落ちる。鉄の香りに錆びた醜悪が滲んでいく。美しい白が、見る間にその純潔さを失っていく、奪い取られていく。これは強奪、つまり悪行である。そして冒涜だ。ソウドは心の中で、何度も唸った。こんなことはあってはならない。

「もういいだろ。」

 白と赤の間、その桃色の境界に立つ男に、ソウドは語りかけた。色の無い瞳で、どこか遠くを、ただ見詰めているだけの彼を、見ていられなかったからだ。

「そうだな。もうここには、することがない。」

 ひどく冷たい言葉が返ってきた。単調で、無機質で、平坦な。

彼の目的はどこまでも明朗だった。それは機械的とまで言えるほど単純で、けれどまだ人の触れる音が残っている。喩えるならば、機織り機。そこに自意識なんてものがあるはずがない。ただそれを動かす意思が、彼という存在なのだ。

「どうしたんだ、そんな顔をして。」

 男はくすりと笑う。ソウドはその姿を一心に見つめる。そして思うのだ。

『オマエはまた、そうやって笑うんだな。』

 無言の内、唇のすぐ裏側まで湧き上がって来た想いを、もう一度身体の奥へと押し流す。潮の満ち引きのように、こんなことを何度も何度も繰り返すのだ。飽きることなどない。そんな日が来ることを、密かに願っていることからも目をそらし。

「帰ろう。」

 ソウドはもう一度提案した。

「あぁ、帰ろう。」

 床に散らばった赤が、ぶわりと一つ震え、蒸発した。大気が一瞬だけ、紅色に染まる。次に広がる真っ白な光景。石膏と大理石で硬く敷き詰められた白の床。暗雲立ち込める曇り空。ふわふわと降り注ぎ、地に落ちる前に溶けて消える、小さな吹雪。こうふくの白。戦争は終わったのだ。平和という褒美を腕いっぱいに抱え、多くの憎しみを足元に散らかしたまま。

 生き物達の歓声が聞こえた。咽び泣く声が聞こえた。そして、怒号。

「神よ、主よ、何故私たちを見捨てるのだ!!

 恨めしい。憎らしい。

 そんな言葉があることは知っている。その言葉が全てでないことを知っている。男が何を望んでここに立っているのかも、知っている。知っているのに、何もしない。それなのに言ってしまうのだ。

「エッジ。俺はオマエの味方だ。どんな時でも、絶対にオマエを裏切らない。」

 言うまでもない、言うまでもないことだ。だけど、言わなくてはならない。

「ありがとう、ソウド。」

 彼に言葉が届かない。

それでも繰り返すのは、彼の一声が欲しかったからだ。愛する自信も、勇気も無い。愛される自信も、勇気も無い。だからその言葉が欲しいのだ。

 なんて情けなさだと、自分自身を罵倒するために。


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